は他の死喰い人たちとハリー・ポッターの立ち寄りそうな場所を監視する任務を負うこともあったが、ゴドリックの谷には決して足を運ばなかった。ゴドリックの谷はナギニが扮したバチルダ・バグショットが張っており、年末にはとうとうハリー・ポッターが現れたが、まんまと逃げられたとあってポッター捜索の部隊はますます数を増やした。

年が明け、数日が過ぎた頃だった。遂にハリー・ポッターを捕らえたという情報を受け、は帝王よりも一足先にマルフォイの邸宅へと向かった。
だが彼女が監視先の隠れ穴から到着した時には、既に地下牢の囚人たちは逃亡した後だった。

「申し訳ありません……ご主人様、どうか!どうか我々を罰しないでください    
「黙れ、ベラトリクス。こんな失態を演じた後で、罰するなだと?よくそんな大層なことが言えたものだな」

吐き棄てるようにそう言って、帝王は容赦なくベラトリクスやドラコたちに磔の呪いをかけた。そして一頻り痛め付けると、念のために地下を見てくるようにとに指示を出した。
床に仰向けに倒れたまま悶え苦しむドラコを一瞥し、は広間を出る。ひやりとした石の階段を無表情に下りて、何度か様子を見にきたことのあるその地下牢を覗き込んだ。

鉄格子の向こうは、もぬけの殻    ではなかった。

「……何をしているの?」

ずんぐりした人影が、床にうつ伏せになって倒れている。は軽蔑の眼差しでそれを見下ろしながら、半歩だけ牢獄の中へと足を踏み入れた。杖先で、まったく動かないその頭をつつく。
そこでようやく、彼女は異変に気が付いた。

「……ワームテール?」

返事はない。男は、ぴくりとも動かない。

「ワームテール?何をふざけてるの、失神した振りでもしていればポッターたちを逃がしたことへの言い逃れができるとでも思ってるの?起きなさい、帝王を呼ぶわよ    

だがそれでも、ワームテールの身体はまったく動かなかった。身を屈め、男の上半身を引っ繰り返す。彼は白目を剥いたまま恨めしげに天井を見つめ、その銀色の左腕が己の首を絞めていた。

彼は死んでいた。

「……そ、そんな……どうして、どうして    

ぞっとして、思わず尻餅をついて後ずさる。背筋を冷たいものが駆け巡ったが、は愕然と開いた口をなんとか噤んでワームテールの死体を見つめた。死んだ。死んでいる。あのワームテールが、死んでいる。
帝王の許へ戻ってきてから、何人もの人間を殺した。数え切れないほどの人々を拷問してきた。思うところは何もなかった。ただ機械的に    そう、私はあの夜から、ただ一つの目的だけを持つ単なる『マシーン』になった。
それなのに、こんな。こんな卑小な男が一人、死んでしまったくらいで。

思えば、かつての同胞が死んだ姿を目の当たりにするのは、初めてだった。ジェームズもリリーも、シリウスも。彼は、彼らは    「死んだよ。」
そうか。彼らもこうして、命を落としたのだ。私が死なせた数々の人々と同じようにして    死んでいったのだ。そして今、ピーターまでもが。

「……ピーター」

本当はすべてを終えてから、この名を呼びたかった。

「ピーター、ごめんね……ごめん。何もしてあげられなくて、ごめん。気付いてあげられなくて、ごめん」

私が、無神経だったばかりに。「君って少し、無神経だよ。」……ああ、本当だね、ジェームズ。リーマス。気付いてあげられたら良かったんだ。それなのに。
そっ、と右手を伸ばし、は彼の瞼を静かに下ろしてやった。あの子を護ってくれたんだね、きっと。命を懸けて、救ってくれたんだね。ありがとう。本当に    ありがとう。誰が認めてくれなくても、あなたは立派な、グリフィンドール生だったよ。

だからもう、下ろしてしまっても構わないんだよ。その杖を。背負ってきたものを。

「……ピーター」

私はあなたの無邪気な眼差しに、その素直な感情に。とても、救われていた。私があなたを、救ってあげるべきだった。気付いてあげるべきだった。
まだ温かい彼の右手を両手で包み込んで、は最後の言葉を伝えた。

「おやすみ、ピーター」
三つの『死の秘宝』について、闇の帝王はに話をした。子供時代をマグルの世界で過ごした彼女にとって、それは初めて耳にする物語。『古の杖』、『復活の石』、そして    『透明マント』。単なる御伽話ではないかと思いながら聞いていたは、その最後の単語に反応して目を見開いた。目ざとくそれに気付いた帝王が、唇を笑みの形に歪める。

「お前も、『透明マント』の存在は知っているだろう。伝説ではそれを着用した人間は、『死』から身を隠すことができるという」
「ですがそれは、単なる伝説に過ぎません。あのマントには決してそのような    

そんな力があったのなら。ジェームズが死ぬことはなかった。小さく失笑し、帝王が首を振る。

「分かっている。子供じみた御伽話だ。だが俺は、一つの可能性には気付いた。『透明マント』は確かに存在する
    ハリー・ポッターがそれを所持している。それならば残りの二つの秘宝も、同じようにしてこの世に存在するのではないかと」

それで、『古の杖』……か。確かにグレゴロヴィッチは、その杖が遠い昔に盗難されたことを告白した。

「それで本当にハリー・ポッターを始末できるのですか?その杖を入手できれば、死をも乗り越えられると?」
「その三つの秘宝を手に入れることができれば、もしくは死を克服できよう。だが今は、杖だ……ハリー・ポッターを打ち倒すことのできる、確かな杖」

言って帝王は、彼女の腕を引いて膝の上に据えた。

「既に調べてある。グレゴロヴィッチから『古の杖』を奪ったというあの男……そしてそれが今、どこにあるのかを」
「分かったのですか?それは一体どこに    

興奮を滲ませて捲くし立てたに、帝王は満足げに目を細めた。やはりお前は、俺の血筋だなと。

「お前もついていきたいか?」
「はい。何があったとしても私は、必ず貴方様についてまいります」

唇を舌先で舐め、帝王の紅い瞳が不気味に微笑んだ。

    アルバス・ダンブルドアの、墓だ」
半年ぶりに訪れた校庭の隅では、既にいつもの黒いマント姿のセブルス・スネイプが待っていた。新月の夜は薄暗く、遠い城の窓から漏れ出る微かな明かりだけが頼りだが、こんな夜には最も相応しい。何しろこれから、前校長の墓を暴こうというのだから。

「セブルス、子供たちの教育は滞りないか」
「はい。取り分けカロウ教授の指導が功を奏しているようです」

淀みなくスネイプが言うと、帝王は静かに笑って目の前の質素な白い墓を見た。アルバス・ダンブルドア。偉大なる魔法使い。マグル贔屓。闇の帝王の最大の敵    だがそれも、あくまで過去の話だった。

「このような男に振り回されていたかと思うと反吐が出る。所詮は    生き残った者こそが、勝者なのだ」

もスネイプも何も言わず、ただ黙って帝王が取り出した杖を墓石に向けるのを見ていた。
帝王が短く呪文を唱えると、大理石は一瞬にして粉々に吹き飛んで地面には無残な欠片だけが残った。残忍な笑い声をあげ、帝王がその下にある木箱の上に置かれていた、一本の杖を取り上げる。
ダンブルドアの使っていた杖……伝説の、『古の杖』……。

帝王はそれまで使っていたセルウィンの杖を捨て、遂に手に入れたその杖を興奮に満ちた眼差しで掲げた。そして軽く杖先を振ると、凄まじい勢いで噴き上がった緑色の炎が蛇のようにうねってあっという間に消えた。どうやら使い勝手は、悪くないようだ。

「これだ……これならば。この杖があれば、あの忌々しいハリー・ポッターを」
「おめでとうございます、我が君。一刻も早く、ポッターの身柄を確保するよう努めます」

が言うと、振り向いた帝王は満足げに唇を歪めた。

「『おめでとう』はまだ早いが……そうだな、肝心のポッターがいなければ、何の意味もない。これ以上、この俺様の邪魔はさせん」

そしてダンブルドアの墓をそのままに、あっさりと踵を返す。がしばらくその場を動かないことに気付いて、帝王は足を止めて振り返った。

「どうした。今頃あの男のことでも思い返しているのか」
「……いえ」

は曖昧に首を振る。だが帝王はさして気にかけた様子もなく、動かない二人を見て低く笑った。

「そうか。お前たちは久しぶりだったな。積もる話でもあるか?時間を取ってやっても良いぞ」

はスネイプの顔を見ることもなく、今度ははっきりと答えた。

「いいえ。話すことなど何もありません」
「私もです。私はこれから、寮監たちからの報告を受けなければ」

つらつらとそう言った二人に、帝王は心底可笑しそうに笑った。

「まあ、良い。    戻るぞ」
「はい」

従順に頭を下げ、帝王のあとに続く。はその夜、一度もスネイプの顔を見なかった。