はその夜、他の死喰い人たちと共にハリー・ポッターの実家があるマグルの住宅地に身を潜めていた。魔法省に務めるプライアやヤクスリーたちを除くほとんどすべての死喰い人が三十人ほどと そして、てぐすねひいた闇の帝王。騎士団は魔法省内部に闇の人間が潜入していることに気付いているため、魔法省が察知できる方法ではハリー・ポッターを動かすまい。つまり、彼らは屋外を移動するより他に手段がない。
「……しかし、たかだか未成年の魔法使い一人だろう。こんなに大勢で押しかける必要がどこに……おまけにこんな、マグル臭い庭にこそこそと 」
「帝王のご命令よ。従えないのなら、今すぐ私が始末してあげる、セルウィン」
すぐ後ろで物憂げに唸った死喰い人に向けて告げると、セルウィンは不機嫌そうに眉を顰めたが、反論はせずにおとなしく口を噤んだ。は彼らと共に身を隠した茂みの陰で、いつでも飛び立てるように箒を携えている。死喰い人たちは『ダーズリー家』を囲む形で何組かに分かれて茂みや塀に身を潜め、その瞬間に備えていた。
「だが、本当に今夜なのか?ヤクスリーが言うには 」
「スネイプの情報源の方がより確かよ。それとも、あなたは帝王の判断にけちをつけるつもり?」
「そ、そんなことは言ってないだろう 」
急所を突かれて慌てふためいたアレクトが声をあげた時、彼らの取り囲んだ家から一斉に何かが夜空へと飛び立っていった。当たった だが思った以上に、数が多い。十人以上いるその人影は箒やセストラル、バイクなど各々の手段で四方へと散らばっていき、たち死喰い人もそれを追うようにして箒で飛び上がった。そして一旦全員で帝王の許へ集まり、主人の指示を待つ。闇の帝王はの血を手に入れてから、箒や杖がなくとも自在に空を浮遊できるようになっていた。
「ポリジュース薬だ 俺はマッド-アイの方を追う。お前たちも七手に分かれてそれぞれのポッターを追え。本物を見つけた者は、すぐに知らせろ。俺が殺す」
「仰せのままに」
そのスネイプの言葉を合図に、彼らは七人のハリー・ポッターを追って散らばった。バイク その手段に奇妙な引っ掛かりを感じ、はハグリッドと彼のサイドカーに乗った『ポッター』を追うことにした。レストレンジ兄弟やジャグソン、バイゴットら、そして服従の呪文にかかった魔法使いたちも数人。
空中には様々な色の光線が飛び交いポッターを狙ったが、バイクを運転したハグリッドが 上手く、というよりは単に幸運だったのだろう それらを擦り抜けて徐々にスピードをあげていく。誰かの放った緑色の光線が危うくポッターを掠めそうになったので、は激しい口調で捲くし立てた。
「殺すなとご命令を受けているでしょう!もし本物のポッターだったらどうするの!」
はその時、振り向いたポッターが遠目にも分かるほどはっきりとその眼に憎悪と憤怒の色を浮かべるのを見た。まずい あれは、あの眼は。間違いなく、『本物』のポッターだ。
ハグリッドはバイクに様々な仕掛けを施していたらしく、防御の壁を造り出して呪いを防いだり、こちらへと向けて網のようなものやドラゴンの炎を放ってきた。お陰で死喰い人は次第に数を減らしていき、残ったのはレストレンジ兄弟と、ローレ、ダンゲルマイヤー、そして服従の呪いの影響下にあるシャンパイクだけになった。ここまで手こずるとは……。ハリー・ポッターの放った失神光線を軽くかわしながら、は箒の柄を掴む左手が汗ばむのを感じた。
「!お前は六年もポッターと同じ城にいたんだろう 奴が本物かどうか分からないのか!」
「うるさい!あんなガキのことなんて知ったことじゃなかった!まともに顔を見たことすらないわよ!勝手なことを言わないで!」
苛立たしげに声を荒げ、は横目でロドルファスを睨んだ。すると前方を物凄い速度で飛んでいくバイクの上で、憎々しげに顔を歪めたポッターが杖を掲げて叫んだ。
「来るなら来い この臆病者 」
「ハリー!やめねえか!そんなことじゃ連中に正体がばれちまう 」
つくづく、馬鹿が過ぎる ポッターも、そしてハグリッドも。どうしてこの二人を組ませたのか。はこの組み合わせを考えた騎士団員に胸中で毒を吐きながら失神光線を放った。あくまで、すんでのところで、ポッターから外れるようにと。
顔を見合わせたレストレンジ兄弟が声をあげる。
「、奴が本物のポッターじゃないのか 」
「さあ どうやらその線が濃厚のようだけれど。だけどあれが演技とも限らない。本気であんなことを言っているのならあまりにもお粗末だわ」
言って彼女は、杖先をシャンパイクへと向けた。
「より確実な方法があるわ。誤った情報を持ち帰ればあの方の不興を買うからね」
そして小声で呪文を唱えると、新たな指示を受けたシャンパイクが箒を加速した。残った死喰い人の中から飛び出した無表情の彼を見て、思惑通りポッターがその顔に衝撃の色を浮かべる。
杖を上げたポッターは、失神の呪いをかけようとしたシャンパイクに向けてその呪文を唱えた。
「エクスペリアームス!武器よ去れ!」
瞬間、かっと目を見開いたは一か八かで後方の死喰い人たちに告げた。
「本物よ!ハリー・ポッターよ 急いで、帝王に!私はできるだけ早くポッターの身柄を押さえる」
「一人で大丈夫か 」
「馬鹿にしないで。たかが子供一人に森番よ。それより早く!」
半信半疑の顔をしながらも、ロドルファスたちは一斉に後ろに引いてその姿を消した。一人になったは適当な距離を取りながら、疾走を続けるハグリッドとポッターを追う。
大きく杖を振ってバイクの後部を砕くと、ハンドルを切りながら振り向いたハグリッドが複雑な顔で声を荒げた。
「!何かの間違いなんだろう お前さんがダンブルドアを殺そうとしたなんて……ダンブルドアを殺したスネイプを黙認したなんて 」
「気安く呼ばないで。じきにあの方が現れるわ 無駄口を叩いている余裕があるの?」
そしてもう一度杖を一閃し、ポッターが何とかしがみ付いているサイドカーの側面を吹き飛ばした。ハグリッドが慌てた様子で取り出した傘を振りレパロ呪文を唱えたが、サイドカーはますますひどい有り様になってほとんどバイクから外れかけた。まったく……こんなところで一体何をしているのか。
「死にたいの?ハグリッド ポッターを差し出せば、あなたには手を出さないと誓うわ。今すぐ止まりさい。すぐに闇の帝王がいらっしゃる」
「ハグリッド もういい、僕が行く!大丈夫、僕はそう簡単にやられたりしない。ヴォルデモートもも、僕が必ず!」
「尊い自己犠牲ね。それでいいわ、ポッター。あの方は夕べとうとう私の血を手に入れてより強力な存在になられた。あの方はとても慈悲深い 苦しまずに、死なせてくださるわ」
憎悪に唇を歪めたポッターが杖を振って紅い光線を放ったが、はそれをあっさりとかわしてハグリッドの言葉を待った。彼は前を向いてバイクを走らせたまま、そのもじゃもじゃの髪を激しく吹きつける夜風に晒している。
ようやく振り向いた彼は、その黒い大きな瞳を涙で真っ赤に腫らして唸るように言った。
「……ダンブルドアのいない、こんな世界。生きてたって仕方がねえ」
「ハグリッド!そんなこと、ダンブルドアが聞いたら 」
「だがな、俺にはまだやらなきゃならねえ仕事が残ってるんだ。ダンブルドアとの、あの約束が!」
そして彼は再び大きくハンドルを切った。ぐらりと傾いたサイドカーの上でポッターは必死にバイク本体にしがみ付き、方向転換して夜空を突き進むハグリッドが叫ぶ。
「見損なったぞ、。俺は決してダンブルドアの言葉を忘れねえ、あの人との約束を忘れねえ みんなをバラバラに引き裂いた、『あの人』を決して許さねえ!ハリーを渡せだと?そんなことをするくらいなら、俺はこの場でお前を道連れに死んでやる!」
「 上等だわ。私もあの方のために、この命を懸けて戦う」
嘲るように笑い、がぴたりとポッターに向けて杖を構えると、後方から凄まじい勢いで飛んでくる帝王と死喰い人たちが彼女に追いついた。やはり帝王は、その身体一つで易々と宙に浮いている。それを見たポッターたちは呆気に取られて目を丸くした。
「 申し訳ありません、我が君。手こずりました」
「良い。多少の問題くらいは起こらなければつまらん。これまで散々手こずらせてくれた、ハリー・ポッターを討つ記念すべき夜だ」
帝王が杖を構えるよりも先に、死喰い人たちの中から勢いよく飛び出したロドルファスがハグリッドのバイクを止めようとそのすぐ間近で杖を振り上げる。
その時だった。突然ハグリッドの巨体がバイクの上で跳ねたかと思うと、彼は少し離れた位置を飛行していたロドルファスに全身で掴み掛かった。不意の事態に仰天したロドルファスは後ろに引いてハグリッドを引き離そうとしたが、彼は梃子でも動かず決してロドルファスを離さない。二人分 しかも内一人は成人男性の数人分という過酷な重量にとても耐え切れず、箒は二人を乗せたまま呆気なく落下していった。
「ロドルファス!」
は咄嗟に呪文を唱えたが間に合わなかった。二人の姿は闇に紛れて見えなくなり、運転手を失ったバイクもすぐさま進路を乱して次第に下降していく。ポッターはサイドカーからバイクに飛び移り必死の形相でハンドルを掴んだが、にやりと笑んだ帝王がルシウスの杖を突き出す方が速かった。
「アバダ ケダブ 」
するとポッターの懐で、何やら金色の光が閃いた。気のせいかとも思ったが、帝王が死の呪文を中断したのでは訝しげにそちらを向く。彼女は確かに、彼の瞳に恐怖の色が滲むのを見た。どうして 予言された力を得たはずの帝王が、今更一体何を恐れるというのか。こんな、子供を前にして。
だがそうしているうちにポッターの杖から溢れ出す光は強くなり、突然噴き出した金色の炎がこちらへと向けて伸び上がった。は思わず顔面を両腕で庇って後退し、帝王の怒り狂った叫び声を聞いた。
「貴様 よくも 殺してや 」
「帝王!」
金色の炎はまだ辺りを覆っている。熱さこそ感じなかったがはひどく胸元が苛立つのを感じ、悶える帝王を必死の思いで呼んだ。何だ この魔法は。一体、何が。
金の炎が消え、ようやく視界が開けると、ポッターを乗せたバイクはドラゴンの炎を噴き出しながら地面に向かって直進していた。荒々しく呼吸を繰り返す帝王が、その眼に激しい憤怒を浮かべてそれを追う。たちもすぐさま彼に続いて箒を急降下させた。
「アバダ ケダ 」
帝王は再度『アバダ ケダブラ』を唱えようとしたが、今度は明らかに強力な障壁に阻まれて呪文を切らざるをえなかった。どうやらこの周囲一帯に護りの呪文が幾重にもかけられているらしい。たちは見えない障壁の上で目を凝らしたが、その中に落下していったはずのポッターの姿は見つけられなかった。目晦ましの呪文で外からは中の人物が見えないようになっているのだろう。位置から考えるに、きっとハグリッドもこの中に落ちていったに違いない。だがその巨体もさっぱり見当たらなかった。
帝王は憤懣やる方ない顔で杖を振りかざし、その障壁を打ち壊そうとしたが、いくら強力になったとはいえ強固な護りの魔法はその作用を理解していなければ解除するのは至難の業だ。破るには相当の時間を要するだろう。
「おのれ ハリー・ポッター よくも 」
「帝王……お疲れでしょう。ひとまず、戻りませんか。何人か死喰い人を配しておきましょう。ですが、もうここにはあまり期待しない方が宜しいかと。ハリー・ポッターがいつまでもこのような場所に留まっているはずもありません。きっと何らかの手段でまた移動するでしょう。今回と同じ方法を使うとは考えられませんし……騎士団の動向を探りつつ、新たな手を考えるのが得策かと」
が言うと帝王は凄まじい形相でこちらを向き、自分の右手に掴んだ杖を今にも握り潰さんばかりに力を込めた。よくよく見ると、ルシウスの杖は先ほどの戦闘によってか、既にその先が裂けてしまっていた。
「……どういうことだ。俺はルシウスの杖を使った……なぜだ、どうしてこんなことが起こった?」
「我々には理解できません。何らかの特殊な魔法が働いたか もしくは、オリバンダーの情報自体に誤りがあったか。いずれにせよ、ここに留まったところで得られるものは何もないでしょう」
のすぐ後ろにいたスネイプがひっそりと答える。帝王は苛立たしげに舌打ちし、もう一度だけ乱暴に杖を振って火花を散らしてから、使い物にならなくなったその杖を無造作に放り捨てた。
ラバスタンが障壁の外に倒れて気絶していた弟を箒の後ろに乗せて飛び上がるのを確認してから、は憤慨した帝王の傍で彼を静かに宥めながらマルフォイの邸宅へと戻った。