初めて見る自分の親族の姿にはおぞましいものがあった。古木の茂みに隠れるようにして立つ小屋、壁は苔生し、屋根瓦はごっそりと剥がれ落ち、垂木がところどころ剥き出しになっている。玄関の扉に打ち付けられた蛇の死骸、すぐ傍の木から飛び下りてきた男の髪はぼうぼうで、その小さな眼は薄暗い光を放ち、それぞれが逆の方向を向いていた。
蛇語で会話するモーフィン、その父マールヴォロ、そして娘のメローピー。私の
曾祖母。
「スリザリンのものだ!サラザール・スリザリン!我々はスリザリンの最後の末裔だ!何とか言ってみろ、ええ?」
はこれが記憶の中だということも忘れて、思わず後ずさった。身体中を駆け巡る悪寒に身震いする。これが
これこそが、私の生まれた『スリザリン』という家系なのか。
すると後ろからそっとダンブルドアの左手が背中を支えてくれ、は恥ずかしくなってしっかりと自分の足で立った。目を逸らしては、いけない。これが、これこそが
血筋に溺れた、純血一族の成れの果てなのだ。私は紛れもなく、この家系を経て生まれてきた。
校長室に戻った後、はしばらくダンブルドアとハリーが二人でゴーント家について様々に推量するのを、後ろで黙って聞いていた。モーフィンとマールヴォロはアズカバンに収監、残されたメローピーは小屋のすぐ横をよく通りかかっていたハンサムなマグル、トム・リドルに恋し、服従の呪文もしくは愛の妙薬によって射止めた彼と駆け落ちした。だが妊娠した彼女を棄て、トム・リドルはひとりで故郷へと戻ってきた……。
「またしても推量に過ぎんが、わしはこうであったろうと思うのじゃ。メローピーは夫を深く愛しておったので、魔法で夫を隷従させ続けることに耐えられなかったのであろう。思うに、メローピーは薬を飲ませるのを止めるという選択をした。自分が夢中だったものじゃから、夫の方もその頃までには自分の愛に応えてくれるようになっていると、恐らくはそう確信したのじゃろう。赤ん坊のために一緒にいてくれると、あるいはそう考えたのかもしれぬ。そうだとすれば、メローピーの考えは誤りであった。リドルは妻を棄て、二度と会うことはなかった。そして自分の息子がどうなっているかを、一度たりとも調べはせなんだ」
ダンブルドアが語り終えた後、部屋には沈黙が訪れた。ややあって、机を挟んでハリーと向き合ったダンブルドアがふとこちらに顔を向ける。
「……?」
こちらに背を向ける形で座っていたハリーもつられるように振り向いた。二人の驚いた顔を見て、はようやく自分が涙を零していることに気付いた。
「……すみません。こんな、ところで……」
指先でさっと目元を拭い、下を向く。どうして涙が出てくるのか、何が悲しいのかには分からなかった。ハリーの前で涙を見せるなんて、そんなことが許されるはずがない。
だがダンブルドアは目を細め、微かに頷いてみせた。
「無理もない……ショックだったじゃろう。それを知っていながら、わしは君をあの記憶へと誘った」
「
先生……さっきの、お話ですが。『先生』が……ヴォルデモートの、血を引いていると。そんなことが在り得るんですか?だって……あの人が
愛を知らないはずのあの人に……そんな相手がいたなんて、とても」
ハリーの問い掛けに、ダンブルドアは静かに首肯した。
「その通りじゃ、ハリー。ヴォルデモート卿は愛を知らずに育った。先生には既に話したが、あやつはホグワーツを卒業した後ヨーロッパ中を広く放浪しておった。その際に
これもまた推量でしかないが
一人のマグルの女性と出逢い、そして一夜を共にしたのじゃ」
ハリーはまるで呼吸を忘れたかのように無音のまま、じっとダンブルドアを見ていた。
「そのまま彼女の許を去ったヴォルデモート卿は、当然自分に子供ができたなどとは考えもせなんだろう。じゃが確かに彼女は子供を宿し、そして先生のお母様が生まれた」
「でも……どうしてそんなことが分かるんですか。だってそんなことは、誰も
」
「『パーセルマウス』。君もまたそうじゃが、それは君が事故とはいえ、呪いを通してヴォルデモート卿と繋がっておるからじゃ。ゴーント家はスリザリンの最後の子孫と言われておった。じゃがホグワーツに入学した『マグル生まれ』のはずの先生のお母様は、スリザリンの特性であるパーセルマウスじゃった。そしてもちろん
先生も、じゃ」
振り向いたハリーが再びを見据え、困惑したように何度も瞬きした。
「ヴォルデモート卿がそれを知る由は当然、ない
と言いたいところじゃが、ある日このような予言が為されたという。『闇の帝王とその血を受け継ぐ者とが手を取り合った時、闇の帝王はこの世のあらゆる障害を取り除き無敵の存在となるだろう』、と」
はそれを初めてセブルスの口から聞いた時のことを思い出し、膝の上できつく目を閉じた。
「そしてヴォルデモート卿は自分の血を受け継ぐ者を躍起になって探し始めた。既に先生のお祖母様は他界されておったが、あやつはやがて特別な能力を持つの
先生のお母様のことじゃ
彼女の噂を聞きつけて、自分の娘がホグワーツに在籍しておることを知った。そして彼女の卒業を待ち、まさに獲物を狙わんとする蛇のごとく彼女に近づいたのじゃ。
わしは当時、あやつに為された予言のことを知らなんだ。じゃが彼女の特殊能力から彼女の正体を悟っておったわしは彼女の在学中にそのことを伝えた。自分がスリザリンを先祖に持つ闇の魔法使いの娘だということで彼女も初めは動揺しておったが、やがてその事実を乗り越えて、卒業後には将来先生のお父様になるマグルの男性との結婚も決まっておった。だからわしは、彼女のことはもう心配要らぬと高を括っておったのじゃ」
今やハリーは、一言も口を挟まずに黙ってダンブルドアの話を聞いていた。
「じゃがヴォルデモート卿は彼女を見出して近づいた。自分の許へ来れば様々な快楽が待っていると彼女を誘惑した。だが彼女は、決してそれに屈することはなかった。屈しはせなんだのじゃが。
彼女はこう、考えてしまったのじゃ。自分がもしも父親を説得することができれば、この国には平和が訪れると。彼女は卒業してすぐに先生を生んでおった。自分がヴォルデモート卿の許へ赴き、奴を改心させることができればそれが結局は愛する家族のためになるはずじゃと。そう考えた彼女は、自らあやつの下へ向かうことを決めた」
「そ……それじゃあ、ヴォルデモートは先生のお母さんを手に入れてより強力になったということですか?」
「いや。その予言は、あやつが六十歳を過ぎてから有効だということじゃった。その頃ヴォルデモート卿はまだ四十前後だったように思う」
言って、ダンブルドアはゆっくりとあとを続ける。
「彼女はしばらく様子を見て、奴にある程度取り入ってから父親を説得しようとしていた。だがやがて、彼女は自分たちを巡る予言のことを知ってしまうのじゃ。あやつが六十歳を過ぎた時、自分がここにいればこの国はお仕舞いだと。だがだからといって自分が逃げ出せば、次は娘の身が危ないと。それだけは避けたい。だからこそ
だからこそ彼女は、やっとのことで奴の許を抜け出し、そしてわしのところへ助けを求めにきた。
彼女にはヴォルデモート卿によって呪いがかけられていた。自分のところから逃げ出せば、確実に彼女の身体を蝕むように意図された呪いが。わしは彼女を護れなかった。わしに予言のことを伝え、そして愛する家族のことを託した直後、彼女はわしの腕の中で事切れた」
ダンブルドアの言葉の最後が、ほんの少しだけ不自然に震えた。だが次に口を開いた時には、既に元通りの明瞭な発声に戻っていた。
「わしは彼女の遺言だけは守るため、ヴォルデモート卿にも察知できぬ古い魔法の働くアジアの土地へ、残された彼女の家族を移動させた。彼らに偽の記憶を植え付けて、彼女が病死したように見せかけて……。だがやがて、恐れていた瞬間が訪れた。彼女の娘がついにホグワーツにやって来る年齢に達したのじゃ。わしは迷った……生まれたその瞬間から新入生リストに載っていた彼女に、入学許可書を送るかどうかを。恐ろしかった。彼女の顔を見れば、自分の犯した過ちを生々しく思い出すじゃろうと、わしは尋常ならざる恐怖を抱いた。
じゃが結局、送らないわけにはいかなんだ。そしてはホグワーツにやって来た。彼女によく似た容姿、その突飛な思いつきや強い正義感、鋭い直感力……どこまでもお母様に瓜二つじゃ!わしは嬉しかった……同時に自分の過去の過ちを目の前に突きつけられているようで、とても胸が痛んだ……。
もまた、お母様と同じように自分の特殊な能力に対して疑問を抱くようになった。じゃがわしは、結局彼女にはお母様の時と同じように、彼女の正体だけを教えることにしたのじゃ。予言のこと、そしてお母様がいかにして亡くなられたか……そのことには一切、触れなかった。じゃがわしのその臆病さこそが、後に彼女のことを岸壁まで追い詰めることになるのじゃ」
言いながら、ダンブルドアは疲れたように頭を振った。
「彼女は、『ヴォルデモート卿を支持する者』の口から直接お母様のことを聞かされた。予言のこと、そしてわしが、彼女をこの手の中で死なせたという事実……あやつの手に彼女が渡り、ヴォルデモート卿が力を得ることを恐れて、わしがを殺したのだと!」
声を昂ぶらせたダンブルドアに随分と驚いたらしい。ハリーは身じろぎ一つせず、ただ呆然と拳を握ったその老人を見つめていた。彼の青い瞳に、ほんの一瞬だけきらりと何かが光ったように見えた。
一方は、ダンブルドアがハリーの前でセブルスの名前を出さなかったことに安堵した。
「それを聞いたは、お母様の敵を討とうと心に決めてヴォルデモート卿の許へ赴くことにした。最愛の友人たちを涙を呑んで手放し、そしてお母様のためだけに生きることを決めた……。
じゃからこれは、彼女にすべてを打ち明けなんだわしの咎なのじゃ。彼女は君のご両親のことも、そして当然シリウスのことも手放したくはなかった!そうさせてしまったのは、わしの弱さに他ならぬ。ハリー、分かってくれとは言わぬ。だが、シリウスは君に言わなかったかね?を許してやってほしい、認めてやってほしいと」
の瞼から涙が零れ落ちたのは、それから少し経ってからだった。ああ……ついに、ついに六年も秘めてきたものをすべて曝してしまった。だが少しもすっきりとしない。胸の奥で燻ったものは、今も変わらずにそうして在った。
ハリーはそれから何も言わず、ただダンブルドアにおやすみなさいを言って部屋を出ていった。もまた涙を拭い、気持ちを落ち着かせてから立ち上がる。彼は優しく微笑み、そっと彼女の背中を撫でた。
「……また、思い出させてしまったのう。じゃが、彼らの息子には本当のことを打ち明けてほしいと願っておった」
「いえ……いいんです。私だけならきっと、言えませんでした。やっと一つ、荷物を下ろせたような気がします。ありがとうございました」
「しばらく間が空くかも知れぬが……次の特別授業には、また声をかけるようにしよう。君が望むのであれば、時間を見てまたおいで」
「……はい。それでは、おやすみなさい」
軽く一礼し、黙って校長室を去る。そのほんの一、二時間ほどのうちに、は一気に何十歳も年を取ったような錯覚に襲われた。
ホグズミードでのオパールのネックレス事件、幼少期の帝王を覗く二度目の特別授業
目まぐるしく毎日が過ぎていき、は吸血鬼の牙の薬を服用しながらも、それまで以上に疲労した自分の身体に気付かないわけにはいかなかった。孤児院で育った『トム・リドル』……既にその頃から、彼は私の知る帝王のものとほとんど同じ眼をしていた。そのことがとてつもなく恐ろしく、そしてまた
あまりにも、哀しかった。
一回目の特別授業以来、ハリーとの関係が変化することはなかった。異なったことがあるとすれば、特別授業で顔を合わせても互いに憎まれ口すら叩かなくなったところか。お互いに相手をまるで空気のように扱うようになり、はかえって気持ちが少しだけ楽になった。
そうしているうちに駆け足でクリスマスがやって来て、とセブルスはスラッグホーン主催のクリスマスパーティに呼ばれた。
「君たちも是非おいで!久しぶりにゆっくりと話でもしようじゃないか!」
セブルスはあからさまに顔を顰め、もクリスマスくらいは部屋でゆっくりと休みたいと思ったが、スラッグホーンは有無を言わせず二人に約束を取り付けてさっさと去っていった。面倒な……。は六年生の頃、闇の魔術に対する防衛術の飛躍的な成績アップを評価されて初めてスラッグホーンの『ナメクジクラブ』に招待された。ジェームズやシリウスは入学当初から誘われていたらしいが、下らないといっていつもパーティをすっぽかしていた。もっとも、彼らの場合そんな『権力への無頓着な態度』までもスラッグホーンのお気に入り要素の一つだったようだが。
今年十数年ぶりに選ばれた『ナメクジクラブ』メンバーや、かつての卒業生たちでごった返したパーティ会場でセブルスとげんなりしていると、いきなり会場のドアが開いてドラコの耳を摘んだフィルチが嬉々として中に入ってきた。
「スラッグホーン先生!こいつが上の階の廊下をうろついているところを見つけました。先生のパーティに招かれたのに、出かけるのが遅れたと主張しています。こいつに招待状をお出しになられましたか?」
は何事かと眉を顰め、横目でセブルスを見た。蜂蜜酒のグラスを掴んだ彼の顔は、傍目にも分かるほど憤慨している。それと同時に
彼は何かに、恐れているようにも見えた。
「ああ、僕は招かれていないさ!」
ドラコは怒りで真っ赤になってフィルチの手を振り解いた。
「勝手に押しかけようとしていたんだ。これで満足か!」
「何が満足なものか!お前、大変なことになるぞ。ああ、そうだとも!校長が仰らなかったか?許可なく夜間にうろつくなと。え、どうだ?」
「構わんよ、フィルチ。構わんさ」
スラッグホーンはいかにも寛容そのものの顔付きで手を振った。
「クリスマスだ、パーティに来たいというのは罪ではない。今回だけ、罰則のことは忘れよう。ドラコ、ここにいて宜しい」
フィルチが顔中に憤慨と失望を満たしてプンプンと会場を去っていく。だがそんなことはにとってどうでも良かった。
あのドラコが、誘われてもいないパーティにこんな無様な姿を曝してまで進んで来たがるだなんておかしい。それに、今や彼は作り笑顔でスラッグホーンの寛大さに感謝していたが、その少し前に一瞬だけドラコががっかりした顔をしてみせたのをは見逃さなかった。セブルスは既にいつもの無表情へと戻っていた。
おかしい。知ったはずのその二人に、彼女は言い様のない違和感を覚えた。
それにドラコは
授業中に横を通り過ぎる時、嫌でも気付かざるを得なかった。元々血色が良いとはいえない彼だが、ここ数ヶ月は本当に病気かと思えるほど顔色が優れなかったのだ。
「話がある、ドラコ」
出し抜けにセブルスが言った。まあまあセブルス、とスラッグホーンが気楽にしゃっくりする。
「今日はクリスマスだ。あまり厳しくせずに
」
「生憎だが、スリザリンの寮監は我輩だ。どの程度厳しくするかは、我輩の決めることですぞ」
ぴしゃりとそう告げて、セブルスは冷ややかな眼でドラコを見た。
「ついてこい、ドラコ」
ドラコは恨みがましい顔をしたが、おとなしくセブルスの後について歩き出した。もそれを追おうと足を踏み出したが、先手を打ったセブルスが振り返りもせずに言った。
「助教授は結構。我輩はドラコと二人で話がしたいのでね」
呆気にとられて、は呆然と二人の後ろ姿を見送った。何、どうしていけないの。確かに私はスリザリンの寮監ではないけれど。二人で話したいことって一体
。
とてつもない不安を感じ、はしばらくしてから思い切って二人の後を追いかけた。忘れているのなら言っておくけれど、尾行に自信があるのはあなただけではないのよ。
地下を目指して足を速めると、それは程なくして見つかった。防音の魔法もかけずに、無用心な
。
はドアの前にそっとしゃがみ込み、鍵穴に耳を近づけた。
「……ミスは許されないぞ、ドラコ。お前がもしも退学になれば
」
「僕はあれにはまったく関係ない、分かったか!」
ドラコが興奮して声を荒げた。彼がセブルスにこんな口を利くなんて。
「お前が私に本当のことを話しているのならいいのだがな。何しろあれはお粗末で愚かしいものだった。お前が関わっていると既に嫌疑がかかっている」
「誰が疑ってるって?もう一度だけ言うぞ。僕はやってない。いいか、ベルの奴、誰も知らない敵がいるに違いないんだ
そんな眼で見るな!お前が今何をやってるのか僕は知ってるんだ!僕だって馬鹿じゃない。だがその手は効かないぞ
僕はお前を阻止できるんだ!」
数秒ほど黙り込んだ後、セブルスが静かに呟いた。
「ああ……お前のベラトリクス伯母さんがお前に閉心術を教えているのか。なるほどな。ドラコ、お前は自分の主人に対してどのような考えを隠そうというつもりだ?」
「僕はあのお方に対して何も隠そうなんてしちゃいない!ただお前がしゃしゃり出てくるのが嫌なんだ!」
「……なれば、そういった理由でずっと私のことを避けてきたというわけか?私が干渉することを恐れて。分かっているだろうが、私の呼び出しに何度言われても応じなかった者は、ドラコ
」
「罰則にすればいいだろう!ダンブルドアに言いつければいい!」
嘲るようにしてドラコが凄んだ。セブルスがこれまで何度もドラコを呼び出した?一体いつ、どこへ。はそんな話を一度も耳にしたことがなかった。
「分かっているだろうが、私はそのどちらをするつもりもない」
「だったらわざわざ教室に僕を呼びつけるのは止めた方がいいな!」
教室?闇の魔術に対する防衛術の教室か?話があるのなら研究室に呼べばいい。それを敢えて教室にするということは
私にも聞かれたくない、何かか。
「よく聞け」
声を低めて、セブルスが囁いた。
「私はお前を助けようとしているんだ。お前を護ると、お前の母親に誓った。ドラコ、私はナルシッサと『破れぬ誓い』を交わしたのだ
」
「だったらそれを破らないといけないみたいだな!」
はあまりのことに驚いて、思わず靴底を床に擦り付けてしまった。普通の人間ならば気付かないほどのほんの微かな音だったが、セブルスが扉越しに聞きつけるには十分だった。荒々しい足音がドアの向こうから聞こえ、扉が内側から勢いよく開け放たれる。セブルスの怒りに満ちた顔を睨み付け、は怯むことなく怒鳴りあげた。
「セブルス!一体どういうこと
私は何も聞いてない!ドラコ、あなたもよ
一体何を考えてるの!あの一件は本当にあなたが
」
「違う!もう構わないでくれ……僕のことは、放っておいてくれ!」
投げやりに言い放ち、ドラコは二人を押し退けて教室を飛び出していった。あとに残されたは、唇を引き結んだまま脇を向いたセブルスに詰問する。
「セブルス、どういうことなの?あなたはドラコから何を聞きだしたいわけ?どうして何も言ってくれないの、ナルシッサと『破れぬ誓い』を交わしたってどういうこと
それがどんなに恐ろしいものか、知らないはずがないわよね?」
「お前に話す義理はない」
「セブルス!」
叩き付けるようにして怒鳴り、は瞬時に取り出した杖でローブの上からセブルスの胸を突き刺した。僅かに瞼を伏せたセブルスが、暗い光を放つ瞳でじっと彼女を見据える。
打って変わって、はほとんど独り言のような声音で続けた。
「……私は本気よ。『破れぬ誓い』?あなたが彼女とそんなものを結んだなんて聞いて、黙って引き下がれるとでも思う?あなたが何も喋らないのなら、私は全力であなたからそれを引き出す」
シリウスが死んだ時、はブラック家の屋敷しもべから、開心術を使ってナルシッサやベラトリクスとの繋がりを聞き出した。クリーチャーはシリウスから「出て行け!」と言われた時、それを文字通り「出て行け」という命令だと解釈してブラック家の血筋で今でも尊敬できる数少ない人間、ナルシッサの許へ向かったという。そして神秘部の戦いまでの半年ほどを、ナルシッサとシリウスのニ君に仕えて過ごしたのだといった。
あのしもべ妖精が漏らした情報で、シリウスは命を落とした。そう考えるとやりきれない思いだったが、それが屋敷しもべの屋敷しもべたる所以だろうと思えば彼を憎むこともできなかった。クリーチャーはブラック家に仕えるしもべとして、誇りを持ってそうしたのだ。その純粋さが、羨ましいくらいに。
それからどれほどの間、二人が鋭く睨み合ったまま対峙していたかは分からない。だが先にその沈黙を破ったのはセブルスで、彼は嘆息混じりに指先だけでの杖を脇に退け、観念したように首を垂れた。
「……部屋に戻ってから話す。ここでは、危険すぎる」
「
分かった」
は大人しく杖を仕舞い、彼のあとに続いて教室を出た。ひとまずスラッグホーンのパーティに戻り、切りの良いところで挨拶も程ほどに二人で地下室へと下りる。オフィスのドアを閉め、彼はいつも以上に慎重に防音の魔法を巡らせてをソファに座らせた。そして棚から取り出した二つのグラスにワインを少しだけ注ぎ入れて、そのうちの一つを彼女に手渡す。話をする時に彼がアルコールを
しかもホグワーツにおいて持たせるのは、よほど深刻なことを打ち明ける時くらいだった。
「……それで。一体何が起こっているの?私に話してくれていないことで、一体ドラコの身に何が?あなたは何を考えているの?」
グラスに口をつけず、しばらく事務所の中をゆっくりと歩き回っていたセブルスが、ようやく足を止めてに向き直った。彼の黒い瞳は、彼女がいつも見るものとはどことなく違う不思議な光を放っていた。
「俺はあの男を
殺さなければ、ならん」