それから夏季休暇が始まるまでの一週間は、慌しく過ぎていった。自分以外の騎士団員にとっては、という意味だが。ダンブルドアは忙しなく城の内外を行き来しているようだったし、セブルスも日が暮れると外に出てしばしば闇の陣営の人間と接触した。自分にできることといえば、彼の調合した呪いに効する痛み止めを飲み、試験の採点を済ませて翌日の授業の準備をすることだけだ。

「苛立っていても仕方がありません。さあ、お飲みなさい」

 そう言ってマクゴナガルは淹れ立ての紅茶をそっと出してくれた。そういえばこうして彼女の部屋でティーポットを囲むのは久し振りだ。かといって感慨深いものを覚えるわけでもなく、は口をつけずに受け取ったカップをそのままテーブルの上に置いた。

 その日は土曜日だった。明るく、よく晴れ渡った一日。セブルスは朝からひっそりと出掛け、ダンブルドアも人に会うとかで城を留守にしていた。

 ですが……と、重苦しく目線を上げる。

「危険に晒されているという意味では、誰もが等しく同じはずです。それなのに、私だけが非力な子供のように……金城鉄壁に護られている」

 こんなことを言っても仕方がないのに。それこそ、聞き分けのない子供のように。

 マクゴナガルは小さく肩を竦め、温かいレモンティーを一口だけ飲んだ。そのカップをテーブルに下ろし、小さな眼鏡越しに厳しい眼差しをこちらに向けてくる。

「……宜しいですか?人にはそれぞれ適した役割というものがあります。ダンブルドアはそのことをよくご存知です」

 分かっている。分かっては、いるのだが。

「私たちにとって、起こり得る最悪の状況とは一体何なのか……分かりますね?」

 頷きはしなかったが、は黙って静かに瞼を伏せた。マクゴナガルは数秒ほど沈黙を挟んでから、あとを続ける。

「少なくともその呪いへの適切な対処法が判明するまでは、あなたは下手に動かない方がいいでしょう。外に出ることだけが任務ではありませんよ。最悪の事態を避けるにはどうすればいいか。そのことだけは忘れないようにして下さい」

 微動だにしない彼女を見て、マクゴナガルは慌てて付け加えた。

「もちろんダンブルドアは、あなた自身の身を非常に案じているのですよ。分かっていると思いますが」

「……はい」

「さあ、この話はこれでお仕舞いにしましょう。ビスケットはどうですか?先日シニストラ先生から頂いたのですよ。さあ、どうぞ」


















 普段と変わらない生活を送るのにセブルスの調合してくれる薬は十分な効果をもたらした。痛みが完全に消えるわけではないが、身体を起こして日々の営みを過ごすことはできる。だがその痛み止めは脱狼薬と同じようにある種の毒性もあり、この先も長期に渡って服用する可能性を考慮するとそう濃度の強いものを毎日のように飲み続けるわけにもいかない。副作用としての倦怠感、稀に起こる偏頭痛、左腕に残る疼きが原因では以前ほどの精密な調合が不可能になっていた。

 騎士団の任務にも就けない。ホグワーツで与えられた仕事すら満足にこなせない。こんな自分に、生きている価値があるのか。

 考えて、自嘲する。生きる価値。そんなものはとうの昔に失っている。それでも死ねない理由があるから、存在を許されないこの世界に今でもこうして生きている。

 まだ、死ねない。生きてまだ、やるべきことが残っている。

 は自室の鏡台の下にある小さな引き出しを開けた。神聖な宝物であるかのようにひっそりと納められている、一冊の本と数枚の写真。彼女はそれを取り出し、傍らの椅子に腰掛けてゆっくりとそれらを眺めた。

 カメラに向けて永遠に笑顔で手を振り続ける、クィリナスの姿。

 死ねない。まだ、死ねない。

 彼の写真を適当なページに挟み込み、は分厚いその本をぱらりと捲った。彼の手から直接受け取り、最悪の形で彼を失って。それからまともに読んだことはなかった。『吸血鬼の牙の毒性』。

 中ほどの紙面に軽く目を通していると、その隅に何やら小さな書き込みがあることに気付いた。生前、クィリナスが書き残した文字。執筆者の意見に新たな見解を加えているようだった。

(……そうか)

 たとえ死んでしまっても。彼の思考したことは、こうしてこの世に残っている。そうしたものを拾い集めていけば、彼という人間が存在したことはまったくの無にはならない。

 残せるだろうか。そういったものを、こんな私にも。

 残せたのだろうか。ハッフルパフのあの青年は、そういった何かを。

 彼を慕う友人は傍目にも大勢いた。彼らがきっと、それらを集めて語り継いでいくだろう。そうなれば多少はあの青年への供養になる。

 それは、彼の友人たちの仕事だ。

 すべてが終われば、きっと。彼らの残した断片を拾いに行く。

 ずっと目を逸らし続けてきたものを、探しに行く。それが彼らのためにできる、数少ない   



 だが今は、まだ他にやるべきことがある。