駅まで見送ろうという申し出はきっと彼を困惑させるだけだろう。スーツケースを馬車の座席に乗せることだけを手伝い、彼女は厨房から持ち出してきた包みを彼の手に押し付けた。
「小腹が空いたら列車ででも食べて。あとこっちは、飲み物」
「ああ…ありがとう」
弱々しく微笑み、彼は二つの包みを素直に受け取る。そしてそれを先に座席に置き、最後の別れを切り出そうと振り向いた。彼女も穏やかに唇に笑みをたたえたまま、相手の顔を見返す。
リーマスは一度半分ほど瞼を伏せ、それをゆっくりと開きながら口を開いた。
「君と一緒に仕事ができて、とても嬉しかった」
「……」
すぐには言葉が出てこず、唇を閉ざして何度か瞬く。彼が側にいることが、当たり前の日常になりかけていた。だが、セブルスの言う通りなのだろう。このまま彼と、セブルス、そして自分とが居座り続けるホグワーツには、きっと協調などというものは有り得ない。端から分かっていたことではあったが、それはこの一年でより一層目の前に突き付けられる結果となった。
(それでもいつかは、必ず手を組まなければならなくなる)
それまでに、彼らの関係が改善されることはまず期待できない。それならばそれまでにセブルスが感情を剥き出しにせずとも彼らと向き合えるように成長してくれることを願うばかりだ。
(私との取引を受け入れたようにね)
彼との関係が元通りに修復することは、恐らくきっとないだろう。私はリーマスに心を開いてしまった。シリウスの語る真実を信じた。彼らに不信を抱き続けるセブルスとの関係を元通りにすることはできない。だからこそ目的を達するために、互いが妥協して契約を結んだのだ。たとえそれが、口約束に過ぎないとしても。
それを信用できないのなら、契る意味すらもなくなる。
「私も あなたと再会できて、嬉しかった」
しばらく黙り込んでいたためか、つぶやいた声は意に反して掠れてしまった。誤魔化すように咳払いし、さり気なく目を逸らす。彼はそんなことにはまったく気付かなかったように、開いた右手をすっと差し出してきた。思っていたよりも大きなその手を数秒ほど凝視してから、ようやく彼の顔を見返す。
彼は穏やかに 哀しそうなそれではない、心底穏やかな顔で微笑んでみせた。
「ありがとう、」
その笑顔に。
なぜか突然涙が込み上げてくるのを感じ、彼女は相手の手のひらではなくその身体を引き寄せた。首に両腕を巻き付け、ほとんど極限まで力を込めてしがみつく。リーマスは面食らって上擦った奇妙な声をあげ、は嗚咽を飲み込むのに必死だった。
どうしてこの温もりを、手放してしまったのだろう。
どうしてこの優しさを、受け入れられなかったのだろう。
目の前にあるものを信じれば良かったのに。それらを突き放してもなお、追い求めていたものは何だったのか。
そんなものは偽器に過ぎなかった。怯えるあまり、容易な道に転がり込んでしまった。どれだけ悔いても、贖おうとしても。そんな方法はない。失われた命も、家族も。それらを償う道はない。死者に詫びることも、残された者たちに陳謝することも。そんなことには意味がない。
(贖罪のために帝王を仕留めるなんて ただの欺瞞に過ぎない)
罪も悪も、永遠に振り払えない。
この腕の髑髏が、見えなくとも絶えずそこにあるように。時折刺すように感じる痛みはきっと、錯覚ではないのだろう。
「 気持ちは嬉しいけれど、こんなところを誰かに見られたら都合が悪いだろう…少し、離れた方がいい」
耳のすぐ後ろで聞こえた言葉に、はっとして慌てて身体を離す。反射的に辺りを見回して視界に映る世界に生徒がいないことを確認すると、彼女はばつの悪い心地で軽く頭を振った。俯き、瞬きをこらえて浮かんだ涙が零れないように努める。
「ごめんなさい…子供でもないのに、こんなことを」
彼はどうやら、苦笑したようだった。僅かにくぐもった声で言ってくる。
「まあ、驚きはしたけどね。教師として振る舞う君と、まったく趣が違っていたから…子供たちが見ればきっと、誤解するだろう」
「…ごめんなさい」
「いや、私は別に構わないよ。どのみち、このまま去っていく身だ」
自嘲気味に漏らし、彼はに抱きつかれて乱れた襟首を片手で簡単に直した。その手をそのまま口元に運び、どうやら何かを思案しているらしい。眉間に薄くしわを寄せ、こちらから視線を外して黙り込んだ。
やがて意を決したように、リーマスは眼差しを彼女に戻して言ってくる。
「ハリーたちには、まだ…何も話していないようだね」
「…あぁ」
彼が何に躊躇していたのかに気付いて、思わず声をあげる。その唇を軽く押さえ、今度は彼女が彼から目線を逸らした。
「そう…そう、ね。あれからまだ…まともに顔も合わせていないから」
「そうか。私はね、。ホグワーツを去るにあたって、そのことだけが不安だよ」
彼の口調は決して咎めるようなそれではないものの、確かに強い何かがこもった物言いだった。すべてを見透かされている。閉心術を体得したはずの私の心は、何をするでもなく彼に読まれてしまっている。
「十二年も…いや、正確にいえば十五年かな。それだけの間、口を閉ざしてきた君があの子に本当のことを語ってくれるのか…そのことだけが、不安だよ。君が私に話してくれるよう計らったのは、ダンブルドアだ。彼の段取りがなければきっと、君は私にも話してはくれなかったろう。だがいくらなんでも、彼は教師と生徒の関係にまで口を挟んだりはしない。君が本当にあの子と向き合ってくれるのか…私は心配だ。自分たちの息子が君を憎み続けていると知れば…ジェームズとリリーも、きっと悲しむ」
ひっそりとそう言った彼の顔を、やはり見ることはできない。それでも構わず、彼はあとを続けた。
「…あの子に、訊かれたよ。君とシリウスは、付き合っていたのかと」
不意を衝かれては視線を上げたが、考えてみれば当たり前のことだった。彼はフリットウィックの部屋から逃亡する際、私への愛の言葉を叫んだ はずだった。姿を見たわけではないが、彼を救いに来たであろうハリーがその言葉を聞いていたとしても何ら不思議はない。むしろどうしてそのことに自分が気付かなかったのか そちらの方が不自然ではあった。
「私は、質問されたことに対して在りのままを答えただけだ。私の知り得る範囲でね。あとのことは本人に訊いてくれと言ってある だから、頼んだよ、」
明確な答えを出す代わりに、彼女は彼の眼を見返して静かに微笑んだだけだった。それでも彼は、肯諾を望んでしつこくそれを繰り返すことはない。そっと彼女の手を取り握手を交わすと、思い切ったように馬車の座席によじ登った。
彼にはこの馬車を引く、不気味な生物の姿が見えるのだろうか。
教師としてこの城に戻ってきた時、自分はその生き物を初めてこの目に見た。存在を知らなかったわけではない。そんなものは当然知識として授業で学ぶ程度のことだ。初めてその姿を確認した時はまだ、誤った希望に満ちていた。だがやがて、それが見えるということが一体どういうことなのか。そのことに気付き、愕然とした。
もしも彼にこの生物が見えるのだとしても、それは決して咎などではないのだろう。
(…私は一生、逃げられない)
閉めた扉の窓枠を引き上げ、リーマスが僅かに顔を出す。
「本当にありがとう、。それじゃあ、また」
「 また…リーマス」
また。
その言葉はあまりに無責任ではあるが、恐らく、きっと。
何の契機があったわけでもない。音もなく、セストラルが歩き出す。彼女は慌てて右手を挙げ、何度かそれを大きく振ってみせた。彼の姿は、煌くガラスの向こうに消えてすぐに見えなくなる。
彼は一度も、身を乗り出して振り向くことはなかった。
やがて馬車の後ろ姿も、道の彼方に遠ざかっていく。
それが完全に見えなくなるまで見送り。
彼女はとうとう、一人になった。
予測しなかったわけではない。ホグズミード行きで大半の上級生が城を留守にしているこの時間は、人目を忍んで行動するには 最適とまでは言わないが まあ妥当なものではあった。石段を上り、城の入り口である樫の扉を潜る。
と、そこに待っていたのは先程までまさに話題に上っていた、あの獅子寮の三年生だった。三人揃って、こちらの行く手を塞ぐ形で立っている。中でも攻撃的な眼差しをしているのは、眼鏡をかけた黒髪の青年ただ一人だったが。
(そりゃあそうよね。あとの二人には私と敵対しようなんて思惑があるはずがない)
忌み、そして嫌悪することはあったとしても。
「何か、私に用かしら」
あくまで空惚けてみせると、激昂したらしいハリーが拳を握り締めて声を荒げた。
「何もなかったことにするつもりか!でも僕たちは知ってしまったんだ!ここで大声で言ってやったっていいんだ、お前が本当は誰に忠誠を誓ってるかってことを!」
「ハリー!」
強い口調でグレンジャーが遮る。は煩わしげに顔を顰め、辺りを気にする振りをしてさり気なく地下へと続く階段を見やった。
ここではまずい。セブルスに聞こえてしまう。他の生徒たちに知られるのも問題だろう。
だがあくまで泰然と、彼女は子供たちに向き直り言い放った。
「場所を変えましょう」
さほど歩かず、彼女が子供たちを連れて入ったのは 二階の闇の魔術に対する防衛術の教室だった。教官は既に辞職しているし、周囲にも生徒が近付きそうな教室はない。三人を先に部屋の中に通してからしっかりと扉を閉め、彼女はそっと杖を取り出して教室中に防音の魔法を張り巡らせた。
気付かれないうちに杖を仕舞い、彼らに顔を向ける。
「 で。何が言いたいの?」
にべもなくそう問い掛けたに、ハリーはまた憤怒を噴出させて怒鳴った。
「お前がヴォルデモートの手下だってことはもう分かってるんだ!ルーピンもダンブルドアも シリウスも、みんなを騙してたって僕には分かるぞ!スネイプもそうなんだろう!あいつもヴォルデモートのために働いてるんだ!」
「一つずつ答えてあげましょうか。あなたの非礼はとても許せるものじゃけれどね」
視線を細め、一歩前へと踏み出すと、青ざめたグレンジャーとウィーズリーは心持ち後ずさったが、ハリーはぎらついた眼でこちらを睨んだままその場に踏み止まった。
(逃げない…そう、あなたは逃げないでしょうね。帝王の名を平然と口にできる、あなたなら)
眉間に力を入れ、姿勢を正す。脇の机に片手を置き、彼女はそちらにほんの僅か、重心を傾けた。
「まず、一つ目。私は今は帝王の配下ではない。二つ目、セブルスもまた、私が彼の配下ではないように、帝王の配下ではない。よって私がリーマスやダンブルドアを騙しているというのは、あなたの思い込みに過ぎない。すべて、あなたの妄想」
「そんなこと、どうやって信じろって!?お前はヴォルデモートが倒れるまであいつのために動いていたんだろう!今はそうじゃないってどうやって証明できる!?」
「 あなたに"お前"と呼ばれると、甚だ不愉快だわ」
さらに視線を鋭くし、脅しつけるように声を低くする。グレンジャーは必死にハリーの肩を揺さぶりながら言い聞かせるように首を振ったが、青年はまったく怯む様子を見せない。
深々と吐息し、軽く頭を振る。
「まあ…あなたに何と思われようと構わないけど。私が今は帝王の配下でないと、どうやって証明できるかと訊いたわね。そんな方法はどこにもない。人は他人の心などどうしたって知ることはできない。たとえ相手の胸中の一部を読み取れたとしても、人の感情はそういった安直なものではないわ。そんなものは何の証にもなりはしない」
「それなら…!」
拳を握り、前方へと飛び出そうとしたのだろう。それをグレンジャーとウィーズリーが二人がかりで押し止めた。しゃにむに暴れようとするハリーに、冷ややかに告げる。
「信じるか、疑うか。それは自分が自らの意思で決めるしかない。あなたが私を疑うと決めたのなら、何を言ったところであなたは私を信じようとはしないでしょう。だったら私の言葉はあなたにとって何の意味も為さない。あなたは何も、聞かないのだから」
「ふざけるな!お前なんか、信用できるもんか!お前もペティグリューと同じだ!父さんと母さんを裏切ったんだ!ルーピンもシリウスも みんなを裏切った!」
「ハリー!」
もはや悲鳴のような沈痛な叫びで、グレンジャーが彼の腕を引いた。
ペティグリューと同じ。
(…言われなくたって、分かってるわ)
声には出さずに、毒づく。それを表にも出すつもりで舌打ちし、彼女は僅かに顎を上げた。見下すつもりで、見下ろす。子供たちとの間にさほどの距離はなく、二人の制止を振り切ればハリーの拳はこちらに届くだろう。それを牽制するつもりで背筋を伸ばす。
歯軋りしたのは彼だったが、次に言葉を発したのはグレンジャーだった。
「あの…先生。ハリーは物凄く、混乱してるんです。一年生の時に、ハリーはハグリッドからご両親の写真のアルバムを貰いました。そこに 先生の姿も、たくさん…映っていたんです。でも…その、先生はまったく、ハリーのご両親のことを口になさいませんでしたし…それに、あの…少し、ハリーに厳しく当たっていらっしゃったので…それで…」
眉根を寄せ、嘆息混じりにこめかみに手を添える。私が二人と一緒に映った写真をハリーに贈るなんて。何人か頭に思い浮かぶ同期生に胸中で罵声を浴びせ、彼女は唇を噛んだ。
(言えるわけがない。言えるわけが)
そうしている間にも、少女の言葉は続いていく。
「でも…ホグワーツ時代には、本当に…ハリーのご両親とも、ルーピン先生とも、シリウスとも…親しくされていたんですよね?危険を冒して、未登録の動物もどきになるくらい…先生も、シリウスたちと同じように、それに因んだニックネームを持ってらっしゃいます…」
そんなことまで話したのか。
だが口を衝いて出てきたのはそんな台詞ではなく、もっと別のものだった。そのようなことにさして意味がないことなど、分かりきっているのに。
「私は未登録ではないわ」
「えっ?」
よほど驚いたのか、グレンジャーが目を丸くして間の抜けた声をあげる。余計なことを言ってしまった。嘆息し、どうでもいいといった面持ちでつぶやく。
「…私の能力は、魔法省も把握している」
「で、でも…私、図書館にある動物もどきの登録名簿は全部、見ました。今世紀は、七人しか登録者がいなくて…」
「知っているわ。マクゴナガル教授の名はそこに刻まれているのでしょうね。でも世間に晒されるものだけが正しい歴史だと思わないで」
冷たく言葉を切り、は視線をグレンジャーからハリーへと戻した。ウィーズリーだけは青ざめたまま糊付けでもされたかのようにずっと唇をきつく閉じている。黒髪の青年の表情からは、憤怒がまったく失せてはいない。
「私がダンブルドアに忠誠を誓っているということは、誰にも証明できない。セブルスが帝王の下から足を洗ったということは誰にも明かし得ない。でも、忘れないで。人という生き物はつまらない噂で安易に人を疑いもするし、信じもする。それはあなたがスリザリンの継承者だと囁かれた時に嫌というほど分かったでしょう。だけど帝王の仕業だと判明した途端、手の裏を返したようにまた英雄扱い。人間の心なんてそんなものよ。信頼も疑念も、その程度のことでしかない」
「そんなもの…所詮お前の言い訳に過ぎない!いつでも裏切れるように そのための方便だ!」
瞬時に。
右足を捻り、裂帛の勢いで突き出す。子供たちの立ち竦む前方ではなく 真横へと。いくつか連なった机は激しい衝撃を受けて雪崩のように転倒し、まるで爆竹のような破裂音を生じた。
とうとうウィーズリーは縮み上がって後ろに尻餅をつき、グレンジャーは何とか持ち堪えたがそれもハリーの肩に縋ってようやく、といった雰囲気ではあった。ハリーの顔からも僅かに血の気が引くのが分かったが、それでもこちらから視線を外すことだけはしない。
(まったく…そっくりね。ほとんど殺意を込めたそんな目付きでさえなければ!)
胸中で声を荒げると同時、蹴り倒したものと反対側の机に手を突き直し、ますます声を落として恫喝の息を吐く。
「…あなたが生徒でさえなければ、この場で殴り倒してるところだわ」
「そうすればいい!ダンブルドアやルーピンにどんな言い訳をしたのか知らないが、そんなものは全部嘘だってことを僕が証明してやる!」
「あなたに証明できるようなものは、その程度の価値しかない」
「黙れ!!」
ついにグレンジャーの拘束を振り解き、拳を振り翳したハリーが飛び出してくる。絶望的な眼をしたグレンジャーはあっという間に顔面を両手で覆い、その場に蹲った。
さほどの怯臆は感じない。感情に任せて身体をぶつけることしか知らない子供など、大した脅威ではない。自分の鼻を目がけて突き出されたその拳を机に挟まれた狭い通路の中で身を屈めてかわし、一瞬で押し出した左足が踏み出した青年の両足を掬う。
ハリーが転倒する前にはは後方に飛び退いてそれを避け、物の見事に床に転がり落ちる青年を落ち着いた眼差しで見下ろした。
呆気に取られて間抜けなまでに口を開いたウィーズリーと、指の間から恐る恐るこちらを窺うグレンジャーと。
まるで何事もなかったかのように、彼女は平淡な声音で囁いた。
「残念ながら私には教師としてのプライドがあるの。どれだけ可愛げのない生徒を抱えていても、給料を貰って働いている以上は親御さんに子供たちを健全な身体で返さなければならない」
顔面を強打したのか、うつ伏せに横たわったままうめいているハリーのもとにグレンジャーが駆け寄る。相変わらずウィーズリーは腰が砕けているのか力なく座り込んだままだ。
「医務室に運びなさい。鼻が折れていたってマダム・ポンフリーならほんの数分で治してくれる」
「…逃げるのか!臆病者!」
踵を返し、扉に向けて歩き出したは背後から追ってきたハリーの絶叫に、ぴたりとその足を止める。振り返らずに、告げた。
「 私はもう、逃げも隠れもしない。だけど今のあなたと話をしたところで何の解決にもなりはしない。時間の無駄だわ。今の自分よりも少しは成長したと思えばいつでも来ればいい」
「ふざけるな!お前は逃げてるだけだ 疾しいことがなければ、全部話せばいいんだ!それを、そうやってはぐらかす!」
「先生!」
叫んだのは、グレンジャーだった。そちらの呼び掛けだけに ゆっくりと、上半身だけで振り返る。
彼女はハリーの身体を支え、ただ必死の面持ちで声を張り上げた。
「先生!ハリーの…ハリーの、言う通りです。ヴォ…例の、あの人の下についていたっていうのも…何か、事情があってのことでしょう?ルーピン先生は言ってました…先生の事情は、理解できるって!ダンブルドア先生だって理由もなくあの人の手下だった人間をホグワーツに雇うはずがありません!それを話してくだされば、きっとハリーだって…」
「私の言葉を信じるようになると?」
嘲るように鼻を鳴らし、大袈裟に肩を竦めてみせる。グレンジャーは泣き出しそうな顔で口を噤み、ハリーの表情はより一層剣呑なものになった。
「無理ね。私から何を聞いたところで鼻持ちならないその青年は撥ねつけるだけよ。そんな子供に聞かせる言葉はない」
「馬鹿にするな!!」
ただの雄叫びと変わらない青年の叫びを聞きながら。
扉に手を掛け、最後に一度だけ振り向いた彼女は吐き捨てるようにして言った。
「あなたはジェームズにもリリーにも、似ていない」
激しく癇癪を起こしたハリーの顔が、その一言で嘘のように動きを止める。
「二人とも、あなたと同じ年頃にはもっと聡明な生徒だった」
相手の反応を聞くこともなく、押し開けた扉を潜り、そしてすぐに閉じる。
そこを立ち去る前、外側からもう一度杖でドアノブを叩いた。防音の魔法を解除する。
背後から遠く悲鳴のようなものを聞いたのは、一つ目の角を曲がって階段に差し掛かった頃だった。