現れた男を見て、は目の前が真っ暗になる思いがした。生きていた    ピーターは生きていた。私はただひたすらにシリウスを憎み、そうしてジェームズとリリーを裏切ったこの男を懐かしんでいたのだ!

 かつては血色も良く健康そうに太っていたその男は見る影もなく、潤んだ小さな眼でちらりとドアの方を見ながら掠れたキーキー声で言った。

「シ、シリウス…リーマス…    

 やつれ切ったピーターは大袈裟に両手を挙げ、引き攣った笑みを浮かべたちを交互に見上げた。

「友よ…懐かしの友よ…」

 シリウスの杖腕が上がったが、リーマスはすかさずその手首を押さえ、窘めるように彼を一瞥する。それからまたピーターに向き直り、さり気ない軽い調子で話しかけた。

「ジェームズとリリーが死んだ夜、何が起こったのか今ここでお喋りしていたんだがね、ピーター。君はあのベッドでキーキーと喚いていたから細かいところを聞き逃したかもしれないな」

「リ、リーマス」

 ようやく喘いだ彼の不健康そうな顔から、どっと汗が噴き出す。は自らを追い立てる罪の意識と激しい憎悪とに苛まれて軽い頭痛を覚えた。ニ、三度首を振り、気を取り直して杖を構えたままピーターを睨み付ける。彼の眼はリーマスと、そして時折扉の方を落ち着き無く見ていた。

「君はブラックの言うことを信じたりしないだろうね…あいつは私を殺そうとしたんだ、リーマス…」

「そう、聞いていた」

 リーマスの声からは既に朗らかさは消えていた。ひたすらに冷たい口調で、続ける。

「ピーター、二つ三つすっきりさせておきたいことがあるんだが、君がもし    

「こいつはまた、私を殺しにやって来たんだ!」

 ピーターが金切り声をあげ、シリウスを指差す。その手に人差し指はなく、萎びた中指を立てていた。

「こいつはジェームズとリリーを殺した。今度は私も殺そうとしているんだ…リーマス、助けておくれ…」

 暗い、底知れない眼でピーターを睨み付けていたシリウスの顔が、窪んだ骸骨のように見える。精悍な彼を、12年のアズカバン生活が変貌させたのだ。私は知っている。あの牢獄がどういったところなのか、私は知っている。

「少し話の整理がつくまでは、誰も殺しはしない」

「せ、整理?」

 ぞっとした様子で縮み上がったピーターはまたきょろきょろと辺りを見回し、部屋に一つしかないドアの位置を確認した。はその鼻先に杖を突きつけて舌打ちする。ピーターは悲鳴をあげて首を振った。

!わ、私は君の味方だ…分かるだろう、ブラックは私を殺そうとしているんだ!私には分かっていた…こいつが私を追ってくると、分かっていた!戻ってくると分かっていたんだ!12年も、私はこの時を恐れていた!」

「シリウスがアズカバンを脱獄すると分かっていたとでも言うのか」

 眉を寄せ、リーマスが呻く。

「いまだかつて脱獄した者など誰もいないというのに」

「こ、こいつは私たちの誰もが夢の中でしか叶わないような闇の力を持っているんだ!」

 ピーターは相変わらず甲高い声で喚き続けた。

「そうじゃなければどうやってあそこから出られる?きっと『名前を言ってはいけないあの人』がこいつに何か術を教え込んだんだ!」

 すると突然、シリウスが虚ろな声をあげて笑い始めた。窓を全て板張りにされた薄暗い部屋で、彼の笑い声だけが不気味に響く。シリウスは再びピーターに視線を戻し、心底可笑しそうに唇を歪めた。

「ヴォルデモートが、私に術を?」

 瞬間、縮み上がったのはピーターだけではなかった。もまたぞくりと身を強張らせ、背筋に悪寒が走るのを感じる。何も知らない子供だったあの頃、魔法界を震撼させるその名は彼女にとっては脅威でも何でもなかった。だが帝王の下について、初めてそれを肌で感じたのだ。冷え切った紅い瞳を持つあの闇の魔法使いの恐ろしさを。祖父だなどと生温い血筋の関係はまったく意味を成さなかった。それに意味があるとすれば私の血が帝王の力をさらに強固なものにするという、ただそれだけのことだ。

 ダンブルドアは帝王の名を平気で口にするが、それにはまだ耐えられた。彼は帝王をも凌ぐ最強の魔法使いであり、それに彼女やセブルスの前では帝王を示す言葉としてよく『あやつ』という言葉を用いたからだ。彼女らにとって帝王がどれほどの脅威なのか、推し量ってのことなのだろうと思う。

 シリウスは嘲笑を色濃く浮かべてピーターを見る。

「どうした。懐かしいご主人様の名前を聞いて怖気付いたか。無理もないな、ピーター。昔の仲間はお前のことをあまり快く思っていないようだ。違うか?」

「な、何のことやら…シリウス、君が何を言っているのか私には…」

 ピーターはますます呼吸を荒くし、今や汗だくで顔がてかてかしている。一方は眉を顰め、シリウスを見た。

「お前は12年もの間、私から逃げていたのではない。ヴォルデモートの昔の配下から逃げ隠れしていたのだ。アズカバンでは色々と耳にしたぞ、ピーター…みんな、お前が死んだと思っている。さもなければお前は他の連中から落とし前をつけさせられたはずだ。私は囚人たちが寝言で色々と叫ぶのをずっと聞いてきた。どうやらみんな、裏切り者がまた寝返って自分たちを裏切ったと思っているようだったぞ。ヴォルデモートはお前の情報でポッター家に行った…そこでヴォルデモートが破滅した。だがヴォルデモートの仲間は一網打尽でアズカバンに入れられたわけではなかった。そうだな?まだその辺に、いくらでもいるはずだ。時を待っているのだろう。悔い改めた振りをして…」

 言いながら、一度、シリウスの眼が確かにを捉えたが彼はすぐに視線をピーターに戻して続ける。リーマスはそれを窘めようとしたもののあまりに短時間だったために何も言えないまま口を噤んだ。

「ピーター、その連中が、もしお前がまだ生きていると風の便りに聞いたら…」

「何のことやら…何を言っているのか…」

 疑われても、仕方が無い。は瞼を半分ほど伏せ、小さく息を吐く。私は確かに帝王の下で働いていた。疑念を抱かれても当然だ。だがしかし、気になるのは…。

 が実際にアズカバンで聞いた囚人たちの寝言は、既にほとんどが意味を成さないような叫びだったので分からない。もっとも自分もひどく気が滅入っていたので気付かなかっただけかもしれないが。

    他の死喰い人は…ピーターが仲間であることを、知って…いたの?」

 虚ろな声で、問い掛けたに、シリウスは苛立たしげに眉を寄せながらもぶっきらぼうに頷いた。思わず身体の力が抜け、は杖を掴んだ右手を落とす。どうしたんだいと不安げに声をかけたリーマスに、彼女は弱々しい声で呟いた。子供たちが目の前にいることなど、次第に意識から逸れていく。

「…私は何も、知らなかった…」

 首を振るに、ピーターは突然表情を明るくして叫んだ。

が何も知らなかったと言っているんだ!もしも私が『名前を言ってはいけないあの人』の手下だったら、が知らないはずがない!」

    どうしてあなたが、そんなことを言えるの」

 下ろした杖をすぐさま構え直し、はその先を彼の心臓に突きつけた。リーマスの制止を無視して、続ける。

「私がその程度の位置にいたと、どうしてあなたが知っているの。知らないはずよ、帝王の下についたことのある人間以外は、そんなことは」

 ピーターの顔色がさらに悪くなり、噴き出した汗がぼたぼたと床に零れ落ちた。それでもは杖を彼の心臓から離さない。

「それに私はシリウスのことも知らなかった。そんなものはあなたが帝王の下についていなかったという証拠にはならない。帝王はあの頃から既に私に疑いを持っていたのかもしれないわね」

「…先生、それは一体    どういうことですか…」

 青ざめたグレンジャーが呟くのが聞こえ、はようやくそこに生徒たちがいることを思い出して舌打ちした。こんなところで私の過去を知られでもしたらまた厄介なことになる。だがそれはリーマスが強い口調で牽制してくれた。

「ハーマイオニー、今それは重要なことではない。後にしてくれ。さて、ピーター。確認したいことがいくつか…」

「リーマス!リーマス、君は信じないだろう…こんな、こんな馬鹿げた…」

「はっきり言って、ピーター。無実の者がなぜ12年もネズミに身をやつして過ごしたいと思ったのかは理解に苦しむ」

「無実だ!でも怖かった!」

 もはや汗には涙が混じり、ピーターの頬を流れ落ちる。彼はキーキー声で叫んだ。

「『例のあの人』の支持者が私を追っているのだとすれば、それは大物の一人をアズカバンに送ったからだ!ス、スパイのシリウス・ブラックを!」

「よくもそんなことが言えるな」

 顔を歪め、唸りながらシリウスが杖先をピーターの心臓に押し付ける。の杖とほんの僅かに触れ合い、そしてすぐに離れた。

「俺が、ヴォルデモートのスパイだと?俺がいつ、自分よりも力のある誰かにヘコヘコした!だがピーター、お前は    

 言いながら、シリウスは噛み締めた歯を低く鳴らす。

「お前がスパイだということをどうして見抜けなかったのか…迂闊だった。お前はいつだって自分の面倒を見てくれる誰かにくっついて回るのが好きだったな。子供の頃はそれが私たちだった…私にリーマス、ジェームズ    それに、…」

 どきりと、心臓が跳ね上がった。ピーターの胸に押し付けた杖先が微かに震える。誤魔化すように杖を持ち直し、は自らを落ち着かせようと瞼を閉じた。気遣うようなリーマスの眼差しを感じたが、軽く頭を振って気付かなかった振りをする。シリウスの顔を見るのが、怖かった。たった一言、それだけのことでこんなに動揺してしまった自分を胸中で叱咤する。馬鹿馬鹿しい。

 荒い呼吸の中で、ピーターは弱々しく呟いた。

「私が、スパイなんて…正気の沙汰じゃない…どうしてそんなことが言えるのか、私には…」

「ジェームズとリリーは私が勧めたからお前を秘密の守り人にしたんだ」

 シリウスの歯軋りがあまりに激しかったため、ピーターはたじたじと一歩下がったが今度はが彼の背に杖を回して突きつけた。ピーターの涙混じりの喘ぎを打ち消すように、シリウスのはっきりとした声が続く。

「これこそ完璧な計画だと思った。ヴォルデモートはきっと私を追う。お前のような能無しを利用しようとは夢にも思わないだろうと…目眩ましのつもりだった…ヴォルデモートにポッター一家を売った時は、さぞかしお前の惨めな生涯の中で、最高の瞬間だったろうな」

 ピーターは「とんだお門違い」だとか「気が狂ってる」だとかそういったことを頻りに呟いていたが、その視線だけはやたらと窓やドアの方へと向かっていた。は杖先を彼の肩に回し、なぞるように強く押し付けながら低めた声で告げる。

「逃げ場はないわ、ピーター」

 ピーターの小さな眼球が、怯えたようにを見て瞬く。容赦なく杖を突きつけ、は真っ直ぐに彼を睨み続ける。ピーターの心臓に押し当てたシリウスの杖先に、重ねるようにしてリーマスも杖を伸ばした。ピーターの顔がみるみる真っ青になっていく。

「あの…ルーピン先生、先生。一つ…聞いてもいいですか」

「どうぞ、ハーマイオニー」

 おずおずと口を開いたグレンジャーに、穏やかな視線を向けてリーマスが促す。まるでピーターなど目の前から消え去ったかのように朗らかだが、それでも杖だけはしっかりと突きつけたままだ。

「あの、スキャバーズ    いえ…この人、ハリーの寮で3年も同じ寝室にいたんです。『例のあの人』の手先なら、今までハリーを傷付けなかったのはどうしてですか」

「そうだ!」

 ピーターは突然勝ち誇ったような声をあげ、人差し指の欠けた右手を高々と突き出した。

「ありがとう!リーマス、、聞いただろう?私はハリーの髪の毛一本傷付けちゃいない!そんなことをする理由がないからだ!」

「ああ、ないだろうな、ピーター」

 杖先を上げ、ピーターの顎下にそれを差し込んで上を向かせながら、シリウスが唸る。

「お前は自分の得にならなければ、誰のためにも何もしない奴だ。ヴォルデモートは12年も隠れたままで半死半生だと言われている。アルバス・ダンブルドアの目と鼻の先で、しかもまったく力を失った残骸のような魔法使いのために、殺人などするお前か?『あの人』のもとに馳せ参じるなら、『あの人』が再び強力な力を取り戻すのを確認してからにするつもりだったのだろう。そもそも魔法使いの家に転がり込んで飼ってもらっていたのは何のためだ。情報が常に手に入る状態にしておきたかったんだろう。え?お前のかつてのご主人様が力を取り戻し、またその下に戻っても安全だという事態に備えて…」

 ピーターは何度か口をぱくぱくとさせたが、それでも喉からは何も出てこないようだった。

「あの    ブラックさん    シリウス?」

 グレンジャーが恐る恐る声を掛けると、シリウスは飛び上がらんばかりに驚いた。きっとこんなにも丁寧に話しかけられたのは遠い昔の記憶なのだろう。当たり前だ。12年もアズカバンに閉じ込められ、出てきてからも脱獄犯だ。様々なものを忘れてしまったのだろう。そう、たとえば    私とのほんの短い、幸せだった頃の記憶だとか。

(…馬鹿馬鹿しい!)

 はっとして、は唇を噛んだ。まったくどうして、下らない考えばかりが思考を埋め尽くす。そんなことには意味が無い。覚えているはずがないじゃないか。彼が覚えている私の記憶があるとすればそれは、どうしようもない裏切り者、ただそれだけのことなのだろう。

「お聞きしてもいいでしょうか。ど…どうやってアズカバンから脱獄したんですか。もし、闇の魔術を使っていないのなら」

「ありがとう!」

 ピーターは息を呑み、グレンジャーに顔を受けて激しく首を縦に振った。

「その通り!それこそ、私が言いた    

 が杖先に力を込め、リーマスが冷え切った眼差しで睨み付けるとピーターはすぐさま口を噤んだ。問われたシリウスはグレンジャーを見て僅かに顔を顰めたが、それでも訊かれたことを不快に思っている風ではない。自分もその答えを模索しているかに見えた。

「私にも、よく分からない」

 ゆっくりと、思考と言葉とがほとんど同時進行のような趣で、シリウスは眉を顰めながら言った。

「私が正気を失わなかった理由はただ一つ、自分が無実だと知っていたからだ。これは決して幸福な気持ちではなかった、だから吸魂鬼はその思いを吸い取ることができなかったんだ。だが同時に、その思いが私の正気を保った…自分が何者であるかを意識し続けることができた。だがいよいよ、耐え難くなった時は…私は独房で、犬に変身した…吸魂鬼は目が見えないんだ…」

 はごくりと唾を飲み、彼の言葉を黙って聞いていた。牢獄の冷気がまさにこの皮膚を撫で上げているかのようだ。

「連中は人の感情を感じ取って人に近付く。私が犬になると、連中は私の感情が…人間的でなくなり、複雑でなくなるのを感じ取ったが…だがそれは、連中はもちろん、他の囚人と同じく私も正気を失ったのだろうと考え、気にも掛けなかったんだ。とはいえ、私はひどく、弱っていた。杖なしには連中を追い払うことはとてもできないと、諦めていた…」

 そこまで力なく話し続け、シリウスは顔を上げて物悲しい顔でを見た。彼の視線を追って、リーマスやピーター、そして子供たちまでもがこちらを向くのが見える。はわけが分からず、意味もなく瞬いた。

「そこへ1年ほど前、突然がやって来た」

 はぎょっとして目を見開いたが、同じようにして驚いたのはリーマスとピーターだけのようだった。子供たちは素知らぬ風で目を逸らし、それがかえって自分たちは知っているのだということを物語っていては眉を寄せる。だがそんなことはこの際どうだって良かった。ひょっとしてハグリッドが口を滑らせたこともあるのかもしれない。

「私は…戸惑った。お前は気付いていないようだったが、お前は俺の牢の前を通り過ぎたんだ…分からなかった。暗かったし、最初は、分からなかった。だが他の囚人が何人も、お前の名を叫ぶのを聞いた…私はただ、戸惑った。どうして今更。何が起こったのか、私には分からなかった…だが戸惑いは、私の心を掻き乱すに十分だった…私はますます力を失い、犬に変身する力までもが衰えていった…」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 慌てた様子で口を挟んだのはリーマスだ。彼はピーターに杖を突きつけたままだったがその手元は覚束なく、ひどく狼狽えたようにとシリウスとを交互に見比べた。

「どういうことだ?がアズカバンに投獄されたっていうのか?そんな、まさか…どうしてそんなことに」

「後にして、リーマス。急いでいるんでしょう?」

 リーマスはまだ落ち着かない様子でを見ていたが、再びシリウスが語り始めたので諦めた風に彼に視線を戻した。

「そんな時、私はあの写真にピーターを見つけた…ホグワーツでハリーと一緒だということが分かった。闇の陣営が再び力を得たとの知らせが耳に入ればすぐに行動が起こせる完璧な態勢だ…味方の力に確信が持てたら、途端に襲えるように。ハリーを差し出せば、奴がヴォルデモートを裏切ったなどと誰が言おう。奴は栄誉を持って再び迎え入れられるだろう…だからこそ、私は動かねばならなかった…ピーターがまだ生きていると知っているのは私だけだ。まるで誰かが私の心に火をつけたようだった…しかも吸魂鬼はその思いを砕くことはできない。幸福な気持ちではなかったからだ…妄執だった…だがその気持ちが私に力を与えてくれた。心がしっかり覚めた」

 は冷え切った監獄を、そこに押し込まれていたあの忌まわしい記憶を思い起こした。そうだ、私もそうだった。ホグワーツに戻らねばと、ただそれだけの妄執で吸魂鬼の攻撃に耐えてきた。同じだ    だが、違う。彼の志と自らの罪の意識を並べるなど、きっと許されることではない。シリウスの言葉は続いていく。

「そこである晩、連中が食べ物を運んで独房の戸を開けた時、私は犬になって連中の脇を擦り抜けた…連中にとって獣の感情を感じ取るのは困難だ…だから混乱した。私は痩せ細っていたのだ…とても…鉄格子の隙間を擦り抜けられるほどに」

 あんな、あんな細い隙間を。変身したシリウスの姿は大きく、力強いもののはずだったのに。

「私は犬の姿で泳ぎ、島から戻ってきた…そして北へと旅し、ホグワーツの校庭に犬の姿で入り込んだ…」

 はちらりと視線を上げて、リーマスと目を合わせる。彼の推測は正しかったのだ。

「それからずっと、森に棲んでいた…もちろん、一度だけクィディッチの試合を見に行ったが、それ以外は。ハリー、君はお父さんに負けないくらい、飛ぶのがうまい…」

 逃亡中の身でありながら、あのスタンドに観戦に来たというのか。まったく、どこまで無謀な男なんだ。そして気付けなかった自分にもほとほと呆れた。私には結局のところ、何一つ見えていなかったのだ。

 顔を上げたシリウスが、真っ直ぐにハリーを見つめる。ハリーもまた、彼のグレイの瞳から目を逸らさなかった。

「信じてくれ」

 シリウスは掠れた声で、囁いた。

「信じてくれ、ハリー。私は決してジェームズやリリーを裏切ったことはない。あの二人を裏切るくらいなら、自分が死ぬ方がましだ」

 彼の切実な懇願を、は見ていられなかった。そうだ、シリウスならばそう言える。彼はジェームズとリリーを裏切っていなかったのだから。そうだ、彼は真っ白だ…私とは、違う。

 ハリーはシリウスを、信じたようだった。唇を噛み締め、潤んだ眼で彼を見返しながら頷く。同時にピーターは悲痛な面持ちで叫び、その場にがくりと膝をついた。

 ハリーが親友であるシリウスを、信じた。それはジェームズとリリーにとってきっと、大きな救いとなり得たに違いない。