クリスマス休暇の初日、ハグリッドのヒッポグリフの一件が危険生物処理委員会に託されることに決まった。マクネアが処刑人として勤める、数々の魔法生物を始末してきた部署だ。血生臭いものを好むマクネアには打って付けの仕事に違いない。もちろん彼が本当に好むのは人間の血だが。死喰い人時代にも出来れば関わりたくない人間の一人だった。あの委員会にかけられた以上、例のヒッポグリフに明るい未来はないだろう。はハグリッドの小屋に足を運ぶのをやめ、ただクリスマスの城の飾り付けに精を出した。
今年最後の満月はちょうど、クリスマス・パーティの晩だった。せめてこんな日くらいはあらゆるしがらみを忘れて楽しんで欲しいと願うのに、リーマスはまた部屋にたった一人だ。セブルスの調合した脱狼薬を飲んでも彼が孤独であることに変わりは無い。むしろ人ではない自分を人の意識で見てしまうのはかえって辛いことだろう。それでも肉体的苦痛は随分と軽減されるだろうし、何しろ子供たちの為だ。は大広間にたった一つだけ出されたテーブルに着いて他の教職員や数少ない生徒たちとクリスマスの食事を突きながらリーマスのことを思った。その日は珍しくトレローニーが現れてとマクゴナガルの間に座ったので、どうでもいいようなことで何度も思考を中断されたが。は疎ましげに横目でトレローニーを見る。
この女だ。あんな予言をしてみせたのは。それを聞いたのは私だ。告げたのはこの女だ。こんな下らないことを並べ立てるこの女が。だがあれは確かに為された大いなる予言だった。こんな女をホグワーツに置き続けるダンブルドアの思惑はただ一つ。城の外はこの女にとってあまりに危険だからだ。帝王が復活するのなら尚の事。そしてそれは私自身にも言える。
動くのならば、動けるうちに。は噛み締めるように呟いてデザートを口に運ぶ。やがて食事を終え、やはり口を閉ざしたままのセブルスと立ち上がろうとしたを、一旦広間の外に出ていたマクゴナガルが呼びに来た。
「先生、少しお時間を宜しいですか」
「は?ええ、もちろんです」
切羽詰った様子のマクゴナガルには眉を顰めたが、浅く頷いてセブルスを見る。彼はと視線が合うよりも先に目を逸らし、何も言わずに一人でさっさと広間を出て行った。はその後ろ姿を苛立たしげに見つめたが、疲れた風に息を吐いてマクゴナガルと大広間を出る。そこには不安げな顔のグレンジャーが二人を待っていた。
「何かあったんですか」
どうやらグリフィンドール塔へと向かっているらしい。はマクゴナガルとグレンジャーの後ろについて階段を上がりながら、そっと訊いた。マクゴナガルは神経質そうに周囲を見渡し、誰もいないことを確認してから首だけで振り向く。5階の階段に差し掛かった頃だった。声を低めて、言う。
「たった今ミス・グレンジャーから報告を受けました。先生、ポッターのところにファイアボルトが送られてきたそうです」
「…ファイアボルト」
眉を寄せ、は小声で繰り返す。知らないわけではない、もちろん。新聞を見ていれば嫌でも広告が目に入る。この夏に出されたばかりの最先端技術を取り入れた競技用箒だ。すっかり謳い文句まで覚えてしまった。ダイヤモンド級硬度の研磨仕上げ、すっきり流れるような形状の最高級トネリコの柄、固有の登録番号が手作業で刻印されています、…。確か最後に思い出したように、"お値段はお問い合わせ下さい"。
「最新型の世界最速箒…でしょう。一体そんなものを誰が」
そもそも、それが自分と何の関係があるのか。私はグリフィンドールの副寮監でもなんでもない。出身寮の選手がどんな箒を手に入れようと今の自分には無関係だ。
深刻そうに眉を寄せ、マクゴナガルが囁く。
「そこが、問題です。グレンジャーによると、カードも何もついていなかったそうです」
は思わず足を止めたが、前を向いたマクゴナガルとグレンジャーが急ぎ足で階段を上がっていくので遅れないようにと1段飛ばしで駆け上がった。
「そんな高価なものを送り付けておいて、名乗りもしない人間ですか」
「そう、そのようです。だから問題なのです。先生、あなたならそれをどう考えますか」
「…」
は一定速度で階段を上がりながら、眉を顰めてみせる。そうしたところでマクゴナガルには見えやしまいが。グリフィンドール寮は近い。太った婦人はまだ修復の途中だという。
「まさか…ブラックの罠だと仰るんですか」
ようやく口を開いた頃、8階の肖像画の前に辿り着いた。そこにいたのは婦人ではなく、ずんぐりした灰色のポニーに跨ったガドガン卿だ。彼はマクゴナガルを見ると大慌てポニーから飛び下り、地面に顔面から突っ込んで真っ赤に腫れた鼻を押さえつけながらも勇ましい声で言った。
「ご婦人、如何されましたか!」
「御苦労様です。少し、大事な用がありましてね。スカービー・カー、下賎な犬め」
マクゴナガルが口にするにしてはあまりに似つかわしくない合言葉だったが、今はそんなことを思う時ではない。「まさに!」と言ってガドガン卿がぱっと扉を開けると、マクゴナガルとグレンジャーが素早く穴の中に這い上がった。もまたそれを追ったが咎める風に言った。
「教授、私はもうグリフィンドールとは関わりのない人間ですが。その私が合言葉を聞くのは問題でしょう」
談話室へ続く通路を進みながら、マクゴナガルは振り返りもせずに答える。
「緊急事態です。今はそんなことを言っている場合ではありません」
15年ぶりの談話室はクリスマス休暇中だけあってがらんとしていたが内装の様子はあの頃とほとんど変わっていない。それがあまりに辛くは思わず瞼を伏せた。グレンジャーはすぐにぱっとたちから離れて窓際のソファに腰掛けてその辺りの本を読み始める。暖炉の側に座ったハリーとウィーズリーはマクゴナガルとの突然の訪問にあんぐりと口を開けた。
「これが、そうなのですね?」
歩み寄ったマクゴナガルがハリーの手にある箒を覗き込む。ハリーはぎくりと身を強張らせた。
「ミス・グレンジャーがたった今知らせてくれました。ポッター、あなたに箒が送られてきたそうですね」
ハリーとウィーズリーが一斉に振り返ってグレンジャーを見る。グレンジャーは額の部分だけが本の上から覗いていたが、そこは見る見るうちに赤くなり本は逆さまになっていた。も側に寄り、ハリーの手元のファイアボルトを見下ろす。箒のことはよく分からないが、そんな自分でも随分と美しい形だと思った。
「ちょっと宜しいですか」
マクゴナガルはそう言いながら二人の答えを待たずにファイアボルトを取り上げた。それを柄から尾の先まで、丁寧に調べていく。そして唸りながら傍らのに手渡した。そこで初めてマクゴナガルの思惑を知る。彼女は闇の呪いの類が箒にかけられていないか確かめさせるためにを連れてきたのだ。
「それで、ポッター。何のメモもついていなかったのですね?カードも、伝言も?」
「い、いいえ」
「そうですか…」
マクゴナガルは言葉を切り、念入りに箒を見ていくを振り返った。
「先生、如何ですか」
は大雑把にファイアボルトを調べてから、顔を上げて首を振る。
「目立ったところには特に何もありませんね。ですがこれだけでは何も言えません。もっと厳密に調査する必要があります」
厳しい顔で頷いたマクゴナガルが、ハリーに視線を戻して言った。
「ではポッター、この箒はこちらで預からせて貰います」
「…え!」
ハリーは素っ頓狂な声をあげ、慌てたように立ち上がった。
「ど、どうしてですか!」
「呪いがかけられているかどうか調べる必要があります。もちろん私は詳しくありませんが、フーチ先生やフリットウィック先生、それにスネイプ先生や先生がこれを分解すれば 」
「ぶ、分解!?」
ウィーズリーは上擦った悲鳴をあげるがマクゴナガルは容赦ない。
「数週間もかからないでしょう。何の呪いもかけられていないと判明すれば返します」
「でも、この箒はどこもおかしくありません!」
「それはあなたが判断することじゃないわ」
声を荒げたハリーに、は冷ややかに告げる。彼の眼が苛立たしげにを見て、そしてすぐにその手の内のファイアボルトに移った。
「あなたは呪いに詳しいわけではないでしょう。飛んでみるまでは何も分からないわ。闇の呪いがかけられていたらどれだけグレンジャーとマクゴナガル教授に感謝してもしきれないでしょうね。それとも、命懸けで乗ってみる?魔法省まで巻き込んだこれだけ大掛かりな警備があなたの為に設けられているというのに、そのあなたはこんな箒一本でそれらを全てふいにしてしまおうというわけね。ご立派な判断だわ」
「先生」
マクゴナガルは咎める風にに強く囁きかけたが、はハリーの眼を睨んだまま動かない。衝撃と憎悪を滲ませたハリーの傍らでウィーズリーは"こんな箒!?"と言わんばかりに目を丸くしていた。嘲るように鼻を鳴らし、は先に視線を逸らしてマクゴナガルを見る。
「教授、ポッターがそこまでと言うのなら好きにさせては如何ですか。もちろん全ては自己責任ということになりますが」
マクゴナガルは飛び上がって激しく首を振ってみせた。
「いいえ、許しません!ポッター、調査が終われば元通りにして必ずあなたの手に戻します!ですから大人しく我々にお渡しなさい。いいですか、これは他ならぬあなた自身の為です!」
ハリーは徹底的にショックを受けた顔をしたが、それ以上文句は言わなかった。は箒をマクゴナガルに手渡し、すぐさま踵を返してグリフィンドールの談話室を出る。ガドガン卿は額縁の中で地面に座り込んでどうやら擦り剥いたらしい膝を神経質そうに覗き込んでいたが、が出てきたことに気付くとぱっと立ち上がって抜き放った剣を掲げた。何やら意味不明なことを元気よくまくし立てているが、そのすぐ後ろからマクゴナガルも現れてはそちらに顔を向ける。彼女は深刻そのものの顔で新品のファイアボルトをに突き出した。
「先生、先にあなたとスネイプ先生とで闇の呪いの調査をして頂けませんか。その後フーチ先生とフリットウィック先生にもそれぞれ確認して頂きましょう。その方が安全かと思います」
「それは、そうかもしれませんが…でも闇の魔術に対する防衛術の担当は、ルーピン教授です」
ばつの悪い表情で瞼を伏せ、マクゴナガルが歩き出す。ガドガン卿の声がまったく届かないところまで来てからやっとマクゴナガルは振り返った。
「もちろん、その通りです。ですがこれは、重要なことです。ルーピン先生は今体調を崩されていますし、殊ブラックによる呪いともなれば…あなた方の方がより、専門的でしょう。お願いします。一通り調査が終われば私のところまでお返し下さい。但し、壊してしまわないように」
小さく苦笑いし、は分かりましたといって頷いた。マクゴナガルと彼女のオフィスのある2階まで並んで下り、そのまま地下室へと戻る。右手に持ったぴかぴかの箒を、歩きながら何度も見た。これを、本当にシリウスが送ってきたのだろうか。逃亡中の身で?だがもしも彼が、仲間と合流したのならば。それが魔法界で公然と生きている人間ならその者がファイアボルトを購入することは可能だ。シリウスは叔父から譲り受けた財産があると学生時代に言っていた。12年もアズカバンにいれば、使い切ってしまうこともなかったろう…。何を考えても、彼を疑う材料しか思いつかない。
研究室ではちょうど、セブルスが机に置いたゴブレットに煙の上がる薬をビーカーから流し込んでいるところだった。
「ああ、セブルス。良かった、話があるの」
厳しい眼差しで見つめながら最後の一滴までをゴブレットに落としてから、やっとセブルスが顔を上げる。彼は物憂げに首を捻ってまた手元に視線を戻そうとしたが、そこでファイアボルトの存在に気付いたようで素早く振り向いた。歩み寄り、箒を片手で軽く掲げてみせる。
「今日、ポッターのところに送られてきたそうよ。差出人の名は無し。悪意の込められた贈り物かもしれないから調べて欲しいと、マクゴナガル教授が」
「…」
セブルスの眉が疑わしげに寄せられる。は構わず続けた。
「それ、脱狼薬でしょう。私が届けてくるから、先に調べておいてくれない?戻ってから私も手伝う」
「いや、いい」
セブルスの反応は迅速だった。すぐさまから目を逸らし、ゴブレットを手に取りながら言う。空になったビーカーをもう片方の手で無造作に流し台に置いた。
「俺が行く」
そうして立ち尽くすの脇を通り過ぎ、ドアの前で振り向き様にセブルスは言った。
「それから、箒の調査だが。それも全部、俺が済ませておく。お前は触るな」
背後で扉が開くのを聞いた。は箒の柄を握り締めたまま振り返る。扉の向こうに消えかけたセブルスのマントを掴んで引き戻した。半端に開いたドアを足で乱暴に閉め、疎ましげに目を細めるセブルスを見上げて歯噛みする。限界だった。突然弾けた感情にブレーキは利かない。
「いい加減にして」
セブルスの暗い眼はあくまで気だるげだ。ゴブレットから湧き上がる煙が突き出した彼の鼻先を僅かに湿らせる。
「話があるのなら早く言え。この薬は調合してから10分以内に服用しなければ効果が半減する」
「知ってるわよ、そんなことは」
はセブルスのマントを握る指先に力をこめた。手のひらが痛むほどに強くだ。それでは自分の皮膚が痛むばかりでセブルスにとっては何ともない。
「でも、もういい加減にして。リーマスが気に入らないのは分かるわ、私が子供の頃彼らと親しくしていたことも気に入らないんでしょう。だからって今更私に八つ当たりしないでよ。そんなの、どうしようもないじゃないの!私にどうしろって言うのよ!」
「お前が何を言っているのか、俺には理解しかねる」
「…私はあなたの、助手なのよ!?」
セブルスは瞬きもせずに冷ややかにを見下ろした。
「左様。君はあくまで、我輩の助手だ。余計な口出しは控えて頂きたいですな」
空いた手でドアを開け、セブルスが出て行こうとするのをはまたマントを引いて阻んだ。立ち昇る煙は確実に薄くなっている。それでも行かせるわけにはいかなかった。他には何も、見えなかった。
マントを掴む手のひらが、汗ばむ。俯き、震える声を絞り出した。
「…いい加減にしてよ」
こんなところで泣くのは馬鹿馬鹿しい女のやり口だ。だがは、涙を止められなかった。あまりに悔しく、歯痒く、情けなく。ただ誤魔化すように下を向いて喋り続けた。
「いい加減にして。私だって、どうすればいいのか分からないのよ…リーマスのことは、好きだった。好きだったわよ、でも…あんなことになって、私はもう…どうすることもできない。それなのにどうして、あなたにまでこんな態度をとられないといけないのよ!私にどうしろって言うの!?私がリーマスと話さなければいいの?冷たくすれば満足なの?こんなのもう、私はうんざりよ!」
セブルスが掴むゴブレットの表面が、次第に熱を吸い取られていく。すぐにでもルーピンのところに行かなければ。これは、ダンブルドアの頼みだ。あの男の為ではない。
「言ったはずだ。俺じゃない。おかしいのはお前だ」
は顔を上げてセブルスを見た。視界は涙で霞むが袖で拭いはしない。涙を拭き取る姿こそ見られれば負けだと思ったのだ。何がなんでも負けてはいけないと脳のどこかで誰かが言う。セブルスはもう一度、繰り返した。
「おかしいのは、お前の方だ」
「…」
は彼のマントを、手放した。というよりは指先から力が抜けて垂れたという方が正しいか。くしゃくしゃになったそこをしばらくぼんやりと見つめ、喉から漏れ出た笑いを静かに響かせる。開き直った、だがやはりどこか妥協しきれないところを抱えている。
「私が、おかしい?…ふん、おかしくもなるかもね。あんな監獄に閉じ込められたら、誰だって変わるわ。あいつらの側でずっと何が聞こえてたか…あなた、知ってる?」
知るはずもないだろう。そしてそれは私だけの問題だ。は籠もった声でくつくつと笑った。セブルスは疲れた風に言う。
「それを言い訳にするのか」
はぴたりと動きを止め、卑屈な笑みを引っ込めてセブルスを見上げた。彼の瞳は明らかな不審に眇められている。
「…言い訳?言い訳って…何よ、何が言いたいのよ!」
突然声を荒げたに触発されたようにセブルスもまたきつく眉を寄せて怒鳴る。この数ヶ月、ほとんど音のなかったオフィスが何の前触れもなく急に騒々しくなった。
「アズカバンに入れられたことを…あの男に手を貸す言い訳にするつもりか!」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。ぱっと目を見開き、憤りに肺が震える。セブルスの思っていたことはこれだったのか!
「私を、疑ってるの?私を」
セブルスは憎々しげにを見つめたままだ。そんなの、あんまりじゃないか。いくらなんでも、…。
「…いい加減に、してよ!それでいつだって私を監視するような真似をしてたわけね!そこまで言うんなら私の目を見て!心を覗いたって構わない!誓って私はあの男を手引きしたりなんかしてない!」
だがセブルスは嘲るように唇の端を持ち上げて笑ってみせた。
「…お笑い種だな。お前は、帝王の孫だ。俺をも、ダンブルドアをも欺く力はあるだろう」
「いい加減にしてと言ってるでしょう!証拠でもあるの?どうして私がそんなことをしなければならないのよ!」
セブルスは右手のゴブレットを見た。とうとう、煙は消えてしまった。もうこの薬は使い物にならない。また手を加えなければ。
「お前がアズカバンから釈放された時期と、あの男の脱獄はほぼ重なる」
「偶然よ!私には関係ない!彼が脱獄するまで私は彼が生きていることすら知らなかった!」
根拠も何もない馬鹿げた妄想だ。は怒りで身体中が火照るのを感じた。セブルスは声の調子を落として言った。
「…ベラトリクスやレストレンジたちに会ったと言ったな」
「ええ、それがどうしたの。彼らは私の顔を覚えていたようだからね。でもそんなことはこの際関係ないでしょう!」
「いや…お前は監獄で、ベラトリクスたちだけじゃない、あの男に会ったんだろう。だからだ、だからお前は変わったんだ!」
「セブルス!」
耐えられなかった。そんなもの、全て無意味な空想だ。世間にどんな目を向けられようといつも運命を共にしてきたセブルスまでも、こうして私を突き放すのか。こうして、私は何もかも失っていく。
「いい加減にして!どうして私がそんなことをしなければいけないのよ!私はあなたと同じ、望んでるのはハリーの死じゃない、帝王の死よ!そんなこと、分かってるでしょう!」
「あの男に手を貸すのに、お前に理由が要るのか!」
凄まじい剣幕で怒鳴るセブルスの持つゴブレットから薬が僅かに跳ねて落ちた。は反射的に避けるも眼だけはセブルスを睨んで抗う。今はただ憤りだけが身体も思考をも支配する。セブルスは激しい口調で続けた。
「なぜ今頃になって奴は脱獄した。長年断り続けてきた職を今年になってルーピンが引き受けたのはなぜだ。会ったんだ、お前はアズカバンで奴に会ったんだ!」
彼のその勢いというよりは、言葉の中身に衝撃を受けて後ずさった。自分がどれだけ残酷なことを言っているのか分かっているのか。そんな絆は築きたくとももう私たちの間には何もないと、あなただって知っていように!
「…私が」
噛み締めた奥歯からは歯痒い息が漏れた。
「私が…リーマスとグルになって、シリウスの手引きをしたと。そういう筋書きなわけ?」
それでもようやく唇を歪め、微かに笑ってみせる。
「それこそあなたの感情論だわ。全部状況証拠に過ぎない」
「…」
「馬鹿馬鹿しい」
吐き捨てる風に言ったを脇に押し退け、セブルスは中身のすっかり静かになったゴブレットを自分の机に置いた。俯いたまま言う。
「お前のせいで作り直しだ。邪魔だ、出て行け」
はファイアボルトを傍らのソファに置き、呟く。
「 お望み通りに」
そうして自分の机から溜まった書類を持ち上げて、足早に私室へと入った。吐き出してしまった後、ぶちまけられてしまった後、残るのは怒りではない。
ただの空虚だった。