イースター休暇明け、夏の気配はすぐそこまで忍び寄っている。からりと晴れ上がった明るい日差しの降り注ぐ、まさにクィディッチ日和だった。それだというのに競技場には人っ子一人いない。は残った生徒が誰もいないことを確認してからさっと城へと戻った。
マクゴナガルがいるというグリフィンドール談話室の入り口で、彼女が出てくるのを待つ。セブルスは校長室から真っ直ぐスリザリン寮に向かった。やっと出てきたマクゴナガルに、は声を低めて言う。
「…今すぐ、ポッターに訊きたいことがあります。彼を呼んで頂けますか」
少し訝しげに眉を顰めながらも、マクゴナガルはすぐ談話室に引っ込んだ。彼女が引き連れてきたハリーの顔は青ざめていたが、を見ると唇を引き結んで疎ましげに目を細める。マクゴナガルにはそのまま帰ってもらい、は彼を連れて太った婦人に聞き耳を立てられない程度の距離まで歩いた。誰もいない教室に彼を促し、しっかりと扉を閉めて射るような眼差しで彼を見る。挑戦的な眼でハリーもを見返した。彼女と同じそんな目で、見るな。
「何か言いたいことがあるんじゃないの?」
出し抜けに言ったの言葉にハリーは眉を顰める。親しみなどは欠片もない、不審に満ちた眼だ。当たり前だ。そうさせたのは自分なのだから。
「何のことですか」
「我々教員に、何か言うべきことがあるんじゃないかと訊いているのよ」
ハリーは一瞬驚いた風に瞬いたが、すぐに挑むような表情に戻って静かに首を振った。は苛立たしげに舌打ちして繰り返す。
「いい?あなたの大事なお友達が襲われたのよ。彼女を助けたいとは思わないの?」
思わないわけがないだろうとばかりにハリーは目を細めたが、は強い調子で続けた。
「だったら、持っている情報は全て我々に渡しなさい。子供の出来ることなんて高が知れてるわ。友人が大切なのなら傲慢さは捨てなさい。何か、我々に言いたいことがあるんじゃないの?」
迷いは見えなかった。ただあの緑色の瞳は頑なさをこめて真っ直ぐを見ている。それだけで逃げ出してしまいそうだ。隠れた髑髏が低い熱を帯びて疼く。
ハリーの声は、決然とした強さを湛えていた。
「ありません」
50年前、秘密の部屋を開いた容疑で捕らえられたのがハグリッドだということは知らなかった。きっと自分の記憶を覗き込んだ帝王が故意にそのことは隠したのだろう。グレンジャーとクリアウォーターが襲われたその日、ダンブルドアはようやく重い口を開いてにそのことを打ち明けた。帝王への憎しみが燃え上がって弾けたが、その事件がなければハグリッドが森番としてホグワーツに残ることも、自分が彼と出会うこともなかったのだろうと思うと空しい皮肉には違いない。今夜彼を連行するためにファッジがやって来るだろうと、ダンブルドアは苦々しげに言った。
「そして…。君にも、言っておかねばなるまい」
ダンブルドアの青い瞳はそれまで以上に深く、真剣なものになった。何事かとマクゴナガルもセブルスも眉を顰める。フォークスが彼の背後の止まり木で不安げに鳴いた。
「ファッジはどうも…君をも連行するつもりでおるようじゃ」
マクゴナガルはハッと息を飲んで口元を押さえ、セブルスも僅かに目を見開きじっとダンブルドアを見つめる。はあまりの事態にその場で硬直し、ただ黙ってダンブルドアの眼を見返すしかなかった。まるで励ますように不死鳥はの肩に舞い降りて頬に擦り寄る。だが凍りついた心は解れもしない。私が…アズカバン、へ?
「一体どういうことですか。どうして…が」
絞り出したマクゴナガルの声はひどく慄いていた。考えるだけで背筋が凍る場所だ、アズカバンというものは。もしもダンブルドアの庇護がなければあの日、きっと免れることも出来なかった。ベラトリクスやロドルファスが放り込まれた所。今も生きているかは定かでない。そして、彼もまた…。
机に両肘をついたダンブルドアは俯き疲れたように息を吐く。
「…の祖父の正体を知る者は…魔法省でも僅かじゃ。しかしその一握りの人間から、への強い嫌疑がかかっておる。残念ながら君には不利な過去もある故…ファッジは君を連行することでそれらの人間の気を逸らし、ハグリッドを捕らえることで世間の気を逸らすつもりじゃ。こちらからは何度も君やハグリッドを連行することは無意味じゃと言ってきたが、しかしファッジは今夜、この城へ来ると言っておる。わしとてそれを抑えられるかは分からぬ」
「…ですが、校長。秘密の部屋を探し出せる人間がいるとすれば…それは私だけです!スリザリンの血を引く、私だけです!私がやらなければ…私が!」
ダンブルドアは苦しそうに首を振るばかりでは左腕をローブの上から押さえつけて唇を噛んだ。これが、咎なのだ。自分が犯した罪への報いは必ずやって来る。それだけのことをした。今こうして生きていられるのも全てダンブルドアの庇護があったからだ。本来なら自分もまた遠い監獄の中で息絶えていたに違いない。
だが、今は。この城を離れるわけにはいかない。サラザール・スリザリンの最後の子孫は私だ。私が探さなければ。
「魔法省がそれだけのものを持ってくれば…わしにもどうすることも出来ぬ。君がもしも連行されるようなことがあれば…一刻も早く連れ戻せるよう努めよう。セブルス、君の職務は増えようがのためを思って耐えておくれ」
セブルスは静かに一礼しただけで何も言わない。マクゴナガルはまだ恐怖にブルブルと震えていたが、ダンブルドアは手元に視線を落として三人に夜間の巡回の強化を言い渡した。フォークスはまだの肩でその羽をぴたりと彼女の頬にくっつけている。ちょうどその時、歴代校長の一人が魔法大臣の到着を告げた。
「コーネリウス・ファッジ大臣が玄関前に到着されたようですが。どうなさいますか」
ダンブルドアはまた深く息を吐き、徐に腰を上げる。
「今行こう」
ファッジは数人の護衛と共に正式な逮捕状を持って現れた。彼女を連行しても役には立つまいと辛辣に言い放ったダンブルドアに、「分かってくれ、こうでもしないと…」と弱々しく言う。は大人しく準備をし、ダンブルドアはファッジに彼女の逮捕は内密にとだけきつく約束させた。
「ああ…分かってる、分かってるよ。の正体が明るみに出ればそんな人間を雇っているホグワーツにまた非難が集まるだろうからな。彼女の件は公表しないよ…ああ、分かってる、ああ」
薄手のマントを羽織って戻った校長室の前で、は扉越しにファッジが疲れたようにそう呟くのを聞いた。
地下室を出る前、セブルスは取り立てて何も言わなかった。後のことは頼んだと言うに、分かっていると答えただけだ。スプラウトとの材料の交渉を行っているのはいつもなので、その手順も簡単に説明しておいた。
「…私がいなくなれば、どうしたって城内で目立つでしょうね」
背中を向けてドアノブを回したが呟く。セブルスは彼女に手渡された書類を見つめたままいつもと変わらない調子で言った。
「噂は立つだろうが、それはダンブルドアがうまく取り繕うだろう」
それはそうだと思った。自分が帝王の孫でありスリザリンの子孫だということも、パーセルマウスということもまさか漏れるようにはさせまい。そんなことが生徒たちに知れたらそれこそ大混乱が起こるに違いない。いや、アズカバンに連行されたことでかえって安堵するだろうか。振り向かず、はさっと地下室を去った。
校長室には不安げなマクゴナガルと、ダンブルドアにファッジ。杖はこちらで預かろうと言ったファッジには警戒するように目を細めたが、ダンブルドアに諭されてやっと取り出した杖を渡した。ホグワーツに入学して以来、片時も放さなかった杖だ。こんな棒切れがなければ生きていけないと思うようになったことが今更可笑しかった。これからアズカバンだという時になって卑屈に笑ってみせるを見てファッジは身震いしたが、すぐに目を逸らして気付かなかった振りをした。
「では、そろそろ行こうか、ダンブルドア」
時計を見上げたファッジに、ダンブルドアは静かに頷く。この後ハグリッドの小屋に寄って、それから真っ直ぐアズカバンへ向かうという。恐怖は取り立てて感じなかった。ただ、後悔の念は残る。どうして秘密の部屋を見つけられなかったんだろう。私がもっとしっかり探していれば、今日の犠牲者を生まずに済んだ。もしもこのまま…次々と生徒が襲われていけば…。
ダンブルドアが先に部屋を出、ファッジはが行くのをドアの前で待った。振り向いた先ではマクゴナガルがその眼に涙を浮かべて真っ直ぐを見ている。はせめて恩師を励まそうと小さく笑ってみせ、そしてファッジの横を通り抜けて校長室を後にした。そのすぐ後ろをファッジがついてきて、三人で螺旋階段を下りる。玄関ホールに下りるまでに出会ったのは巡回中のセブルスだけだった。はもう一度「後を宜しく」とだけ告げて、そのまま城の外に出た。星の明るい夜だったが月は出ていない。
ダンブルドアがハグリッドの小屋の扉をノックすると、バンと勢いよくドアを開けたハグリッドの手には石弓が握られていた。彼はダンブルドアを見、ファッジを見て真っ青になった。それから彼らを家の中に招き入れ、冷や汗をかきながら椅子にドッと座り込む。石弓を床に放り出し、ハグリッドは小刻みに震えながらを見上げた。
「…どういうことだ。、まさかお前さんも…」
「ハグリッド。状況は良くない」
ハグリッドの言葉を遮ってファッジがぶっきらぼうに言う。ハグリッドは絶望的な顔でファッジを見た。
「頗る良くない。来ざるを得なかったんだ。マグル出身が4人もやられた。もう始末に負えん。本省が何とかしなければ」
「お、俺は決して…」
ハグリッドは縋るようにダンブルドアを見て泣き出しそうな声を出した。
「ダンブルドア先生様、知ってなさるでしょう。俺は、決して…」
「コーネリウス。これだけは分かって欲しい。わしはハグリッドにもにも、全幅の信頼を置いておるのじゃ」
「…ああ、ああ、アルバス。しかしハグリッドにもにも…不利な状況は揃っている。魔法省としても何とかしなければならん…学校の理事たちも煩い」
「コーネリウス、もう一度だけ言おう。ハグリッドとを連れて行ったところで何の役にも立たんじゃろう」
「ああ、ああ…分かってる、分かってるよ。だが私の身にもなってくれ。プレッシャーをかけられている。何か手を打ったという印象を与えないと。逮捕状は既にここにある。この二人ではないと分かれば彼らはここに戻り、何の咎めもない。どうしても、連行しないと。私にも立場というものが…」
「連行?」
ハグリッドはますます青ざめて素っ頓狂な声をあげた。
「ど、どこへ…、まさか俺たちは…」
「ほんの短い間だけだ、ハグリッド。も既に同意してくれている」
ファッジは敢えてハグリッドから目を逸らし、もごもごと言った。は彼を見て、しかし何も言わない。
「罰ではないんだ、ハグリッド。むしろ念のためだ。他の誰かが捕まれば君もも十分な謝罪の上、釈放されるだろう…」
「まさかアズカバンじゃ…」
ハグリッドの掠れた声を掻き消すように、小屋の戸が外側から強く叩かれた。ダンブルドアが開けると、そこから現れた人物を見ては目を見開く。相手はの姿を認めると唇の端を持ち上げる自分たちによく似た笑い方をして大股で小屋の中に入ってきた。
「もう来ていたのか、ファッジ。それに…先生も。お久し振りですな、元気そうで何より」
「…どうして、あなたが?」
ルシウスはほくそ笑み、満足げにファッジを見る。帝王の下を離れて以来、つまりこうして直接会うのは13年ぶりにでもなるだろうか。セブルスはそれからも何度か彼に会っていた。絶えず向こうの状況を探るためだ。ここ最近ではセブルスも敢えてそれを避けていたのでカードのやり取り程度だったが。
「何の用だ。俺の家から今すぐ出て行け!」
ハグリッドが噛み付くように声を荒げると、ルシウスはせせら笑いながら狭い丸太小屋を見回した。
「威勢がいいな。言われるまでもない。君の あー、これを家と呼ぶのかね?まあ、その中にいるのは私とてまったく本意ではない。ただ学校に立ち寄っただけなのだが。校長がここだと聞いたものでね」
「それでは一体わしに何の用があるというのかね、ルシウス」
ダンブルドアの言葉はあくまで丁寧だったが、その青い眼には激しい色が浮かんでいる。ルシウスは物憂げに懐から長い羊皮紙の巻紙を取り出して言った。
「ひどいことだが、ダンブルドア。しかし理事たちは、あなたが退く時が来たと感じたようだ。ここに停職命令が…12人の理事が全員署名してある。残念ながら、私ども理事はあなたが現状を掌握できていないと感じておりましてな。これまで一体何回襲われたというのかね?今日の午後にはまた2人。そうですな?この調子ではホグワーツにはマグル出身者は一人もいなくなりますぞ。それが学校にとってはどんなに恐るべき損失か、我々全てが承知している」
「おおお、ちょっと待ってくれルシウス!」
ファッジは驚愕の声をあげてルシウスを見た。もあまりの事態に茫然と彼を見つめる。ルシウスはにたりと唇を歪め、満足げに笑んだ。
「ダンブルドアが停職…ダメダメ…今という時期に、それは絶対困る…」
「校長の任命、それに停職も理事会の決定事項ですぞ、ファッジ。それにダンブルドアは、今回の連続攻撃を食い止められなかったのであるから…」
「待って下さい、ミスター・マルフォイ。ダンブルドア校長でさえ食い止められなかった…それなら一体誰がこの職に相応しいとお考えですか」
激しい口調で問い詰めたに、ルシウスはそのグレイの瞳をゆっくりと向けてほくそ笑む。
「それはまだ模索中ですがね。少なくともダンブルドアには務まらないと、これは理事たちの決定事項ですよ、先生」
「おいおい、の言う通りだ!ルシウス、こんな時期にダンブルドアがいなくなれば、それこそ…」
「しかし、12人全員が投票で…」
ルシウスがしゃあしゃあと言ってのけると、勢いよく立ち上がったハグリッドのぼさぼさの黒髪が天井を擦って音がした。
「そんで一体貴様は何人の理事を脅したんだ!何人脅迫して賛成させた!え、マルフォイ!」
「おー、おう…そういう君の気性がそのうち墓穴を掘るぞ、ハグリッド。アズカバンの看守にはそういった風に怒鳴らないよう、ご忠告申し上げよう。連中の気に触るだろうからな」
「ダンブルドアを辞めさせられるものならやってみろ!」
とうとうハグリッドが拳を握って振り上げたのではその前に立ち塞がって何とか彼を押し留めた。ファングは彼の怒声に驚いて寝床のバスケットの中で竦み上がった。
「そんなことをしたらマグル生まれの者はお仕舞いだ!次は殺しになる!」
「落ち着いて、ハグリッド!」
「そうじゃ、ハグリッド。理事たちがわしの退陣を求めるのなら、ルシウス、わしは勿論退こう」
ダンブルドアがあっさりとそう言ったので、はギョッとして彼を見た。スリザリンの最後の子孫である私がいなくなっても、ダンブルドアさえいればまだ大丈夫だと思っていたのに。彼がこの城を離れたらどうなる?50年前秘密の部屋が開かれた時、マグル生まれが一人死んだという。
「ですが…もう4人も襲われました。校長がいなくなれば犠牲者はこれからも増えるでしょう。どうか、お願いします…校長、あなただけは 」
「先生。ダンブルドア自身もそう仰っているのだ」
「ルシウス!」
焦りが昂ぶっては思わず声を荒げる。ファッジはオロオロと狼狽えるばかりだ。ルシウスの冷たい笑みを見据え、ダンブルドアはゆっくりと口を開いた。
「理事たちが求めるのなら、ルシウス、わしはもちろん退こう。しかし、覚えておくが良い。わしが本当にこの学校を離れるのは、わしに忠実な者がここに一人もいなくなった時だけじゃ。覚えておくが良い。ホグワーツでは助けを求める者には、必ずそれが与えられる」
「天晴れなご心境で」
ルシウスは頭を下げて大袈裟に敬礼してみせた。
「アルバス、我々はあなたの あー、非常に個性的なやり方を懐かしく思うことでしょうな。そして後任者が『殺し』を未然に防ぐのを望むばかりだ」
ルシウスはそう言ってに視線を走らせてニヤリと笑うと、戸口に大股で歩いていきダンブルドアを先に送り出した。ファッジは不安げにを見、ハグリッドと彼女が外に出るのを待っていたが、それを遮るようにはハグリッドのもとへ歩いていった。ハグリッドは怒りと戸惑い、恐怖の入り混じった顔でを見下ろす。
「…、お前さんも…例の所に…?」
「…ええ。どうしようもないわ。大丈夫よ、きっとセブルスやマクゴナガルが…どうにか、してくれるわ。すぐに戻ってこられる」
「だが…ダンブルドアがいなくなったら、ここは…ここは…」
「私たちが悩んでいたってどうにもならないでしょう。逮捕状はここにあるし、停職命令だってある」
自分を慰めるためのそれではない。だが表面だけだと知っていた。ダンブルドアのいないこの城は、絶望的だ。はそれを誤魔化すようにさっさと小屋の外に出た。外にはルシウスだけがいた。ダンブルドアは簡単な引継ぎを済ませるために城に戻っていったという。は彼の傍らに立ち、何でもない風を装って静かに口を開いた。
「…随分と思い切ったことをしてくれたわね」
「何のことですかな」
空惚けてルシウスは星空を仰ぎ見る。きっとこうして空を見上げることも滅多にないのだろうと思ったがそれは自分とて同じことだった。はファッジとハグリッドが小屋からまだ出てこないのを確認してからほとんど独り言のように呟く。
「…私に嫌疑がかかると想像できなかったのかしら。迷惑だわ。まさか13年も逃れてきたアズカバン生活がこうして訪れるなんて」
ルシウスは何も言わずにただ喉の奥で乾いたように笑った。はますます声を落として言う。
「それとも、帝王がいなければ私の血には何の意味もないと?」
ルシウスはやっと視線を下ろしてを見た。薄暗い中でも彼の瞳が可笑しそうに歪んだのが窺える。は眉根を寄せて不貞腐れた風にルシウスを睨んだ。
「あのお方が復活すれば、看守も我々の側につく。お前などすぐに出てこられるだろう。それまで待てばいい」
「…杖がないわ。大事な大事な20年も連れ添ったあの杖が。ファッジの手にある」
「新しいのを作ればいい」
「そう簡単に言わないで。再びあのお方の下につけば面の割れた私がオリバンダーに会いに行けるとでも思うわけ?」
「杖などいくらでも作れる。ホグワーツからダンブルドアが去り、あのお方が蘇れば…お前の監獄生活など大した犠牲ではないだろう」
「それは自分が一度入ってみてから言うことね。今回と同じ手を使って逃れたあなたが」
「そう怒るな。あのお方が復活すればお前もセブルスも随分と賞されるはずだ。それまで待て」
「…ふん。まあ確かに、退屈はしないわ。しないでしょうね」
その時再び小屋のドアが開き、どすどす足音を立ててハグリッドが出てきた。その後からあたふたとファッジも現れてもルシウスも何事もなかったかのように口を閉じる。見上げた空には雲がかかり、彼らの上に暗い影を落とした。アズカバン…いつか、出られるだろうか。きっとベラトリクスやロドルファスもその日を夢見ていただろうに。洟をすするハグリッドを横目に見ると、ますます気が落ち込んでは深く息を吐いた。悠然と戻ってきたダンブルドアを見ても、不思議と心は落ち着かなかった。ダンブルドアもセブルスもいない監獄での生活が、こうして始まるのだ。