ルシウスの言っていたことは果たしてこれだろうか。いや、それも違うような気がする。確かにスリザリンチームが全員ニンバス2001を手に入れれば卒業生にとって退屈しない1年にもなろうが、そもそもはグリフィンドールの出身だし(ルシウスももちろんそれを知っている)そんなことをわざわざ彼が手紙で伝えてくるだろうか。フォード・アングリアの一件もニンバスのことも全てルシウスの想定の範囲内で(実際彼がアーサー・ウィーズリーをそのことでかなりきつく糾弾したという記事が先日の予言者新聞に載っていた)、それらを総括して退屈しない1年になるだろう≠ニ締め括りの一文として持ってきたのだろうか?
だが何にしろスリザリンの卒業生、そして理事の一人としてルシウスがスリザリンのクィディッチ・チームに寄贈した7本のニンバス2001は他のチームを圧倒して際立った。メンバーの選抜は全てキャプテンのフリントに任せているためもセブルスも詳しいことは知らなかったが、ドラコがシーカーに抜擢されたのはまず間違いなく彼の父親に贈られたニンバスのせいだろう。そこそこ上手い乗り手だと、競技場の予約を取ろうと地下室にやって来たフリントは取って付けたような笑いを浮かべて言ったが。
「でも、良かったの?あんなことして」
フリントが去っていった研究室の中で、は淹れ立てのコーヒーを飲みながら咎めるように視線を上げる。セブルスは素知らぬ顔をして片手で夕刊を広げた。
「何がだ」
「だから…競技場の使用許可よ。だって明日の朝はグリフィンドールが申請してたはずでしょう」
「知らんな。無駄に広い競技場だ、もう一つチームが入ったところで大して問題はなかろう」
「ああ…そう」
別に構わないが。グリフィンドール生にまた嫌われるだけの話だ。一応咎めはしたのだと自分を正当化するように呟いて、は早々に課したレポートの数々を引き出しの中から引っ張り出して広げた。先日ダンブルドアを訪れたのだということは明かしていない。言ったところで意味もないだろう。
ひとまず、あまり頭を使わずに済む1年生の課題から手をつけた。実習の授業でいえば概して上級生の方が楽だが、レポートともなればやはり一人ひとりかなり過程が異なるし判断するにも脳味噌を使う。その点1年生はまだほとんどが本の丸写しでかえって採点はし易かった。もちろん、人よりこれでも薬学の本は多く読んでいるつもりだ(セブルスには敵うまいが)。ただの丸写しでは満点はつけられない。故に素直なハッフルパフ生やグリフィンドール生はどれだけ的確に書いていても減点することが多く、一方スリザリン生やレイブンクロー生はうまく細工して繋ぎ合わせるという狡賢さを備えていたので気付いたところで減点対象にはしなかった。そういった要領の良さが重要になることもよくある。
だがうんざりするような丸写しのレポートを見終えた後捲った次のレポートにさっと目を通し、は僅かに驚いてだらしなく弛めていた背を前のめりに伸ばした。
(…へえ。これは一見該当箇所の繋ぎだって分かりにくくしてあるわね)
一番上にあるレポートの文字を指先で軽くなぞりながら2、3度読んでみる。適切な箇所をすっきりとうまく纏めた模範的な解答だ。さらに授業中セブルスがほんの少しだけ呟いたようなことまでさり気なく盛り込んである。これでは減点しようにもできまい。
(…スリザリン生もレイブンクロー生もここまでうまく書いた1年生は誰もいないのに)
羊皮紙の右上にO≠ニ素っ気無く書きながら、はもう一度そこにある生徒の名を見た。
ジニー・ウィーズリー。
(ふうん。末の長女は長男と同じかそれ以上に要領がいいようね)
赤いインクで採点し終えたレポートは裏返して脇の山に重ねた。
はケトルバーンやダンブルドアに頼まれてハグリッドの小屋を訪ねることが多かった。どれだけこの城で教師としての月日を重ねようとも永遠に彼らの経歴に追いつけるはずもなく、それが故に頼まれれば引き受けざるを得ない。不快ではないが喜んでと受け入れるほどは柔順でもなかった。ダンブルドアの場合はその本当の思惑が分かるからこそ余計なお節介だと肺の奥で舌打ちしてみせる。
そしてその日、ハグリッドはひどく憤慨していた。セブルスが前日に新人シーカー育成のためといって競技場の使用を許可したのでやはりグリフィンドールと衝突して、ドラコが居合わせたグレンジャーに穢れた血#ュ言をしたらしい。は学生時代にセブルスが同じことをリリーに言っていたのを思い出したが、あれは憎しみから出たものではないと知っている。
「お前さんからもスネイプによーく言ってくれねえか。生徒の口からあんな言葉が出るなんて寮監の指導にも問題があるんだろうが。そりゃあマルフォイなんぞ元々根っから腐りきっとるがな」
「まあ…あまりあの子ばかりを責めないであげて。血筋だとか家系の問題が大きいのよ。確かに時代遅れではあるけどね」
疲れたように呟いたの言葉にハグリッドは驚いて大きく目を開く。視線を上げたは「誤解しないでよ」と軽く首を振った。
「私はどちらを擁護するつもりもないの。どちらの価値観にも深く関わってきたからね。それに混血児の多いこの時代、純血を誇る人間の気持ちも分からないでもないわ。ドラコやルシウスと同じ家系に生まれていれば私もどんな人間に育ったか分からない。確かにドラコの発言は問題だと思うけどそれは寮監がどうこう言ったところで直るものでもないでしょう」
何てことを言うんだ、と言いかけたハグリッドは思わず椅子の上から乗り出した身体を後ろに引き戻した。純血の家に生まれたってまともな考えを持つ人間はいくらでいもいる。そう言いかけて、思い当たった人間が悪かった。シリウス・ブラックだ。純血のブラック家に生まれて初めて、少なくとも彼の知る中では初めてのグリフィンドール生だった。ポッター家は純血といってもいわばウィーズリー家のように血筋に拘らないまともな人間が多かったし、その中のジェームズと交わったのもシリウス・ブラックにとっては良かったのだろうと思う。それなのに、結局のところ純血主義だのと下らないことを唱える例のあの人の手下に成り下がった。兄弟のようにして育ったジェームズを、リリーを売ってだ。とんでもない。それならオリオン・ブラックやシグナス・ブラックのようなただの純血主義者の方がよっぽどましだと思ったくらいだ。
そのせいかもしれない。がこんなことを平気で言うようになったのは。どれだけ遠い過去の人間になっても、彼女にとってはそれほど大切な男だったのだろう。
「…まあ、知ってしまったからには私からもドラコには注意しておくわ。でも今の時代、手を出した方が負けよ。杖が逆噴射したのはかえって良かったわね。まともにドラコがナメクジ攻撃を食らっていたらルシウスが黙っていないわ」
「ああ、そうだろうな。俺からもロンにそう言ってやった」
ハグリッドはそう言って、温くなった紅茶を淹れ直した。ありがとうとは言ってみせたがそれには手をつけず、はファングをあやしてから彼の小屋を後にする。ドラコには個人的に会う機会があれば穢れた血#ュ言はこの時代、避けた方が良いと軽くたしなめようと思っていたのだが、それからしばらくが彼に授業以外で出会うことはなかった。
10月になると校庭や城の中には湿った冷たい空気が入り込み、一気に風邪が蔓延して医務室には長蛇の列だ。病室で出される薬は大抵校医が直接調合する特製のものばかりだが、それだけではとても需要に追いつかずとセブルスも授業の合間を縫って手伝うことになった。元気爆発薬の細かい調合法が書かれた説明書きを渡されて、あまりに複雑なものだから(マダム・ポンフリーはきっと自分よりも良い魔法薬学教師になれるとは思った)そのほとんどをセブルスが行っては材料の準備をする。何とか供給が追いついて作り置きが出来上がる頃にはようやく風邪の流行も一段落して、とセブルスはホッとしながらそれぞれの作業に戻っていった。
平穏な日常を享受できるかもしれないと淡い期待を抱いた、そんな矢先のことだ。
やはりハロウィンという日はただそれだけで呪われているのかもしれないと、は10年前の今日を思い出して毒を吐いた。
『秘密の部屋は開かれたり
継承者の敵よ、気を付けよ』