翌朝ウィーズリーの母親から吼えメールが届き、広間中に彼女の怒声が響き渡った。あんな息子が(しかも何人も!)いてはさぞ大変だろうとは表には出さずに憐れんでみせたが、だからといって吼えメールに吹き込むような内容ではないと思う。あれではそれこそ全生徒に事件を知られてしまったし、あの車の持ち主は彼らだったと告白しているようなものだ。感情的になるのも分かるがもう少し考えて欲しかったと他人事ながら思った。
せめて末の長女くらいはまともな$カ徒であることを祈るばかりだ。
グリフィンドールのテーブルで茫然と彼方を見つめている赤毛の少女が脇のスープに肘を突っ込んだのを横目に見ながら、は深く溜め息を吐いた。
暴れ柳の治療には随分と手間がかかる。本当に厄介な仕事を増やしてくれたものだとは箒に跨って折れた枝に一つずつ薬を塗り、包帯を巻きつけながら吐き捨てた。スプラウトはアングリアが直撃したと思われる最も酷い幹の損傷にかかりっきりでこちらまで手が回らないのだ。
…そして、厄介なものがもう一つ。
「スプラウト先生、そのような処置は私にお任せ下さい!デンマークに渡りました際、巨人に踏みつけられた暴れ柳をすっかり治療したことがありましてね!何、その程度の傷ならあっという間ですよ!」
「結構です!」
快活な心象の強いスプラウトだが付き合ってみると随分と気分屋だと分かる。そして今彼女の顔にははっきりと不機嫌さが浮かび、それを物ともしないのがロックハートだ。は矛先が自分を向かないうちにさっさと作業を済ませてしまおうときびきび動いた。
今日はトルコ石色のローブをなびかせ、金の縁取りがしてあるトルコ石色の帽子を被ったロックハートが輝く白い歯をに見せて笑う。
「先生、見事な箒捌きですが私に任せて下さいましたらものの2、3分で済ませられますよ。さあ、遠慮なさらず 」
「スプラウト教授、そろそろ行かれた方が宜しいのでは。生徒たちが集まっています」
ロックハートの言葉を遮り、は今朝セブルスと調合したばかりの薬を塗った枝を見つめたまま顎だけで少し離れた温室の方を示した。遠目に見たところ下級生のようだ。スプラウトは手を止めて振り返り、「ああ…」と気だるげに息を吐く。不安げに柳を見上げる彼女を見て、はやっと箒の上で身体ごと彼女を向いた。
「教授、あとは私が済ませておきますからどうぞ行って下さい」
「先生、あなたの授業は?」
「1限は空いているんです。お気になさらず」
「そうですか…」
それじゃあお願いします、と言ってスプラウトは幹用の大きな太い包帯を軽く巻いて手持ちの籠に放り込む。ロックハートは城の大時計を見て不自然なまでに明るく「私も授業に行かなければ!お手伝いができなくて残念です!」と言ってのけた。そしてスプラウトは逃げるように大股で去っていったが、ロックハートはペチャクチャと中身のないことばかりを並べ立てて彼女にしつこくくっついていく。スプラウトは憐れだがだからといって申し訳なさを感じるわけでもない。はふいと柳の枝に視線を戻して坦々と処置を続けた。
この木に思い入れがないと言えばきっと嘘になるが、もちろんこんな危険な古木を好きだなどと言うつもりはない。けれどあんな憎らしい子供に傷付けられたかと思うと腹が立つ。掛け替えのない思い出を、穢されたようで。
…みんなの人生を穢したのは、私、なのに。
押し寄せてくる罪の意識に吐き気を覚えて包帯を巻きつけた枝に額を押し当てる。ざわついた柳の根元のコブを急いで突き、また黙らせた。こんなもの、なくなってしまえばいい。でも何も知らないあんな子供に穢されるのだけは、どうしても許せない。
ロックハートの教師としての無能さはあっという間に露呈した。一部のスリザリン生から得た情報では試験だといって全生徒に解かせたのは全て自分自身に関する問題、初回の授業ではたかがピクシー≠教室に放って自分は抑えられずに逃げた。以来の授業は全て自分の著書の拾い読み。これでは大切な試験を控えた5年生と7年生に多大な影響を及ぼす。自分の担当科目以外で生徒がどんな成績を取ろうと知ったことではないが、こんな暴挙は見過ごせない。はセブルスには黙ってダンブルドアのもとを訪ねた。
「今からでも遅くはありません。もっとましな教師を探すべきです」
は不快感も顕に言い放ったが、ダンブルドアは少し困ったように笑うだけだ。
「わしはロックハート先生と1年間の契約をしておる。それをこちらから破るわけにはいかぬ、それに彼がどれほど名の知れた*v@使いなのか…君も知っての通りじゃ。それがほんの数週間で解雇とあれば世間が黙っておらんじゃろう。余計な問題は起こさぬ方が良い」
「余計な問題、ですか。だとすれば失礼を承知で申し上げますが、先生は1年という時間が子供たちにとってどれほど重要なのかご存じないようですね」
ダンブルドアは目を細め、豊かな白い髭の奥で静かに笑った。
「7年のうちの1年じゃ…年寄りにとってのそれよりは随分と、尊い時間じゃろう。じゃが、先生、あなたが思うより子供とは柔軟なものだと思うがのう。たとえどんな教師が来ようとも、そこから何かを得て自ら学ぶことは可能じゃろう」
「…誰が教師であっても子供にとってはさして大差はないということですか」
「そうは言っておらぬ。現にこの学校は素晴らしい教師に恵まれておると思う。もちろん君もセブルスも含めて、じゃ。じゃが…あの科目の担当という職は、あまり好まれぬ。今、わしも懸命に次の教師を探しておる。この1年は君にも、みなにも耐えて欲しい。子供たちもきっと、自らの学び方を見出してくれるじゃろう」
「…先生は、買い被り過ぎですよ。誰に対しても」
特に子供には、と言ったは僅かに眉根を寄せてダンブルドアの眼を睨むように見る。彼の瞳の色はいつも穏やかで昂ぶった自分の感情を受け止めていないのかと訝ったこともあるが、胸の奥では彼が微かに揺れているのを知っている。罪を、知っているからだ。互いに。そしてそれは決して消えないと、思い込んでいる。相手を見ればそう言うだろう。
「それならせめて、補習の時間を頂けませんか。希望者だけで、構いません。現時点で何人かのスリザリン生から要望を受けています」
せめてもの譲歩のつもりで口に出した提案はダンブルドアの目を翳らす。彼がそうするのを知っているのにだ。敢えて言ってみせた。そして彼はやはり、瞼を僅かに伏せて首を振る。
「闇の魔術に対する防衛術の担当は、ロックハート先生じゃ。君やセブルスに魔法薬学以外の科目の補習を行う権限はない」
「それなら。与えて下さい。この1年でいいんです。我々に、闇の魔術に対する防衛術の 」
「駄目じゃ。先生、あなたには薬学の授業に専念して頂きたい。わしはこれから、マクゴナガル先生と約束があるんじゃ」
徐に立ち上がりダンブルドアは視線を落としたが、それは故意に自分から目を逸らしたに違いない。彼は閉心術にも開心術にも長けているが、素直に嘘をつくのが下手だ。だからこそ彼を慕う人間はやまないのだろうと頭の隅で思った。
通り過ぎた老人を振り返り、は声を荒げる。
「先生!」
部屋の扉に手を掛けたダンブルドアは、背を向けたまま囁くように言う。
「…君たちにあの科目を任せることがあるとすればそれは、どうしよもなかった時だけじゃ」
分かる。分かっている、そんなことは。あなたが何を思っているのか推測することは時に容易く今はまさにその時だ。知っていて問い質すような真似をした自分も意地が悪いと嘲笑ってみても、どこかで責任のようなものを感じる自分がいるのも事実だ。
くたびれたローブの上から押さえつけた左腕が疼くように熱を帯びる。ああいう世界を知っているのも自分たちで、染まったのも自分たちだ。ダンブルドアはたとえ知っていたとしてもそれを自ら使うことはこの先もきっと永遠にない。子供たちに伝えられるとすればそれはここにはまず間違いなく自分たちしかいない。義務感のようなものがあった。
それでも遠ざけておこうとするあなたは今でも。
…私を受け入れた、あの頃のままなのですね。