ネビルを引き連れて現れたを見、机に着いているマクゴナガルは目を真ん丸に見開いて唇を引き結ぶ。にパジャマを放されたネビルは既に彼女のオフィスにいたハリーとグレンジャーを見た途端、弾かれたように喋った。

「ハリー!探してたんだよ!注意しろって教えてあげようと思って。マルフォイが君を捕まえるって言ってたんだ。あいつ、君がドラゴ…」

 ネビルの言葉を聞いたハリーは慌てて首を振って彼を黙らせたが、マクゴナガルももそれをしっかりと見ていた。

「まさか皆さんがこんなことをするとは、まったく信じられません。ミスター・フィルチはあなた方が天文台の塔にいたと言っています。明け方の1時にですよ。どういうことなんですか

「ロングボトムも同じところをうろついていました。マクゴナガル先生、この子はきっとポッターやグレンジャーの作り話を本気にしてしまったのだろうと思うのですが」

 瞼を半分ほど伏せたが冷ややかに口を開くと、ハリーやグレンジャー、ネビルが目を丸くしてこちらを見つめてくる。一方のマクゴナガルはの言葉を受けて「そうでしょうね」と冷たく言った。

「何があったかは私も先生も分かっています。ええ、別に天才でなくとも察しがつきますとも。ドラゴンなんて嘘っぱちで、マルフォイに一杯食わせてベッドから誘き出そうとしたんでしょう。マルフォイは既にスネイプ先生のところに連れて行きました。多分あなた方はここにいるロングボトムがこんな作り話を本気にしたのが滑稽だと思っているのでしょう」

 ネビルはショックを受けたようにしょげて、すっかり縮こまってしまった。だが、これでいいのだ。もしもドラゴンのことが公になればハグリッドの尋問は避けられないだろう。こうして作り話として終わらせてしまうのが一番いい。これ以上厄介事なんて御免だ。

「呆れ果てたことです。一晩に4人もベッドを抜け出すなんて!こんなことは前代未聞です!ミス・グレンジャー、あなたはもう少し賢明な生徒だと思っていました!ミスター・ポッター、グリフィンドールはあなたにとってもっと価値のあるものではないのですか。3人とも処罰です!」

 びくりと身を強張らせたネビルに、マクゴナガルはぴしゃりと告げる。

「ええ、あなたもですよ、ミスター・ロングボトム。どんな事情があっても夜中に学校を歩き回る権利は一切ありません!特にこの頃は危険なのですから…」

 厳しい顔でそう付け加えたマクゴナガルは自分の寮生たちにはっきりと言った。

「50点。グリフィンドールからは50点減点です」

50点?

 ハリーが素っ頓狂な声をあげる。黙ってそれらを聞いていたは彼の背後から冷ややかに告げた。

「聞いていないのならば今ここで言っておくけれど、夜中に誰かがグリフィンドール塔を出るようなことがあれば私が50点減点すると太った婦人に伝えてもらうように頼んでおいたのだけれどね。先生、私ならば一人50点ずつの減点を言い渡しますね。先生がそうされないのでしたら私から」

「いえ、私もあなたと同じことを考えていました」

 マクゴナガルが間髪容れずにそう答えると、ハリーたちは真っ青になってマクゴナガルに懇願した。

「先生…お願いです…」

「そんな、ひどい…」

「ポッター、ひどいかひどくないかは私が決めることです。さあ、みんなベッドにお戻りなさい。グリフィンドールの寮生をこんなに恥ずかしく思ったことはありません。おまけに自分たちの先輩の前でこんな失態を晒すなんて…二度と同じことが起こらないことを望むばかりです!」

 マクゴナガルの発言にはぎくりと身を強張らせたが、ハリーたちは大量の減点にショックを受けていて気付いてはいないようだった。自分がグリフィンドールの出身だとハリーに知られるのは避けたかった。

 放心状態のハリーたちがオフィスを去ってから、疲れたように息をつきこめかみに手を当てたマクゴナガルは2,3度首を振った。

「まったく…恥ずかしい。よりにもよってドラゴンだなんて。そんな見え透いた嘘に引っ掛かるマルフォイもマルフォイです」

「そうですね。でも今夜彼らの夜間外出現場を押さえることができてホッとしています。ポッターは以前にも真夜中に寮を抜け出したことがあるようで、何とか現場をと思っていたのです。これに懲りて今後は愚行に走らないと期待するより他にないでしょう」

 まったくですと鼻を鳴らしたマクゴナガルは、突然厳格な表情をかなぐり捨てて哀しそうに目を細めた。

「ですが…思い出しましたよ。あなたがミスター・フィルチに連れられて真夜中にここへやって来たのも…そう、ちょうどこれくらいの時期でしたね」

 どきりと心臓が跳ね上がるのを感じて、はそれを覆い隠すようにそっと瞼を伏せた。そういえば、2年生の今頃。蛇に変身したまま城内を這いずり回っていた私はミセス・ノリスに追いかけられたっけ。その拍子に人間に戻った私をフィルチが見つけ出してマクゴナガルに突き出した。だがマクゴナガルは私が生まれつきの動物もどきだと知ったショックで罰則や減点も忘れてそのまま私を校長室まで連れて行った。

 あの頃は、まだ。自分が何者なのか、まったく知らなかった。闇の帝王の、存在すら。

 こんな未来を、誰が予測した。ジェームズもリリーも、リーマスもピーターもニースも。シリウスもいない、こんな人生。

 何もかも、砕け散った。

 慌てて立ち上がったマクゴナガルがの肩に手を添える。

、あなたも今夜はお戻りなさい。御苦労様でした」

「…はい。教授、おやすみなさい」

 さっと軽く一礼して、はマクゴナガルのオフィスを後にした。何も、変わらない。かつての寮監も、この城も。何もかも。

 が戻った時には、地下の研究室には既にドラコの姿はなかった。

「ドラコは先に帰した」

「ええ、ありがとう。ドラゴンのことだけど、ハリーやグレンジャーの作り話ということで片が付きそうだから後は適当にドラコを言い包めれば問題はなしよ」

 と同様に面倒は避けたいと思っていたセブルスは視線だけで Well done ≠ニ告げると、机の上にそのままにしていたレポートの採点に取り掛かった。

 結局2人が床に就いたのは明け方の5時近かったが、と違ってセブルスはいつものようにきびきびと起床して日曜だというのに朝から寮監の仕事を片付けていた。チャーリー・ウィーズリーの手紙をドラコが喜び勇んで持ってきたのはやっとが目覚めた昼過ぎのことで、ネグリジェの上にガウンを羽織ったまま研究室に顔を出したをセブルスは咎めるような目付きで睨む。一方のドラコは寝巻き姿に寝惚け眼という初めて見るの姿に、少なからず頬を赤らめた。

「あー、ドラコ…おはよう」

「あ…はい、おはようございます」

 ギクシャクした動きでドラコが挨拶を返す。セブルスは胡散臭そうに彼女を見ながら「もう昼だ」と吐き捨てた。

「これがウィーズリーからの手紙だ。法律違反のノルウェーリッジバックを誰にも見られずにルーマニアに送る方法が記載されている」

 ぶっきらぼうに突き出された羊皮紙を受け取り、は僅かに驚いた表情を作ってみせる。

「なるほど。確かにドラゴン研究所に就職したあのチャーリー・ウィーズリーの筆跡ね」

 はニコリと笑って折り畳んだ手紙を軽く掲げてみせた。

「それじゃあこれは私たちが預かるわ。証拠として有効かもしれないから。わざわざありがとう、ドラコ。でも真夜中に寮を抜け出すのは規則違反だから、これからは何かあればまず私たちに相談して貰えると嬉しいわ」

 ドラコは嬉しそうに顔を綻ばせ、もちろんですと言って研究室を去っていった。ルシウスやナルシッサに比べれば、何百倍も扱いやすくて助かる。

 欠伸を噛み殺して自分の椅子に腰を下ろしたに、セブルスは呆れ顔で言った。

「せめて着替えてから出て来い。生徒に示しがつくまい」

 短く口笛を吹き、は素知らぬ顔であっさりと切り返す。

「これも計画の一つだったんだけど?あの子は特別視されるのがお気に召すようだから、他の生徒には決して見せないような姿を晒そうと思ったのよ」

「…まったく」

 こんなに気を遣わねばならんのは面倒だとぼやいていたのは何処のどいつだ≠ニ非難がましく告げたセブルスに、は「あなたの真似をしているのよ」と軽く笑った。

 ドラコから受け取った手紙を机の上に放り投げながら、頭の後ろで腕を組む。

「あとは適当に時間を置いて、ドラコに『確固たる物的証拠は見つけられなかったから残念だけどこの件は立証できないわ』と伝えれば一安心ね」

「ああ。本当に…次から次へと厄介事ばかり引き起こす面倒な奴らだ」

 小さく肩を竦め、は部屋に戻ってさっさと服を着替える。厨房で貰ってきたサンドイッチと果物を平らげてから、例の手紙を携えてハグリッドの小屋へと向かった。

「ハグリッド、大事な話があるの。ここを開けてくれないかしら」

 いつもならドアをノックして一声かければすぐに顔を出すハグリッドなのに、今日は小屋の中からゴソゴソと音が聞こえるまでしばらく時間がかかった。ガリガリと内側からファングがドアを掻く音がして、ようやく少しだけ開けたドアの隙間からハグリッドが黒い目だけを覗かせる。

「ああ…お前さんか。何か用か」

 赤く腫れた目をショボショボと瞬いてハグリッドが消え入りそうな声で呟く。はその時彼が本当にドラゴンを育てていたのだと確信した。

「ええ、大事な話があるの。中に入れてもらえないかしら」

「そ、そりゃあちぃーっと…いや、散らかっとるんでな。用があるんなら、ここで聞かせてくれや」

「こんなところで話せないことだからお願いしているのだと、分からないの?」

 厳しい口調でピシャリと言い放ったに、ハグリッドは叱られた子供のような顔をして「…分かった、分かった」と投げやりにドアを開けた。

 小屋の中を見て、その惨状に驚いた。なぜかムンと熱気の籠もった室内に、所々焼け焦げた壁。ボロボロの床にはブランデーの空き瓶や鶏の羽根が散らばったままだ。ハグリッドは急いで小屋の窓を開けた。

「あー…ほーら、見てみろ。散らかっとるだろう?まあ、俺のベッドで良ければ適当に座ってくれや」

 椅子は全て脚が折れていたし、テーブルも何かに押し潰されたようにバラバラになっている。は思い切り顔を顰めながら言われた通りに巨大なベッドに腰掛けた。

「ああ、ハグリッド。お茶なら結構よ。今日は本当に用事があってきただけだから」

 鼻水を啜り、潤んだ目を袖で擦りながらティーポットを手に取るハグリッドの背中に呼びかける。ハグリッドは「そ、そうか」と言っての傍らにどさりと座り込んだ。これだけ巨大なベッドが少なからず沈んだ気がした。

「ハグリッド。随分と気が滅入っているようだけど、何かあったのかしら」

 丁寧に、だが冷ややかに問い掛けたにハグリッドはぎくりと身を強張らせる。はこれ以上長引かせる必要もあるまいと懐から取り出した羊皮紙を彼の目の前に突きつけた。

 チャーリー・ウィーズリーからの手紙を目の当たりにしたハグリッドが真っ青になってオロオロと狼狽する。はうんざりと溜め息をつきながら組んだ膝の上でその手紙を折り畳んだ。

「別にあなたを突き出そうなんて思っちゃいないわ。もうドラゴンはここにはいないんですものね。証拠がないし、面倒は私も御免よ」

 ホッとした様子のハグリッドをジロリと睨み付けて、は静かに続ける。

「ただ一つ、どうしても言っておきたいことがあるの」

 ハグリッドは緩めた口元を緊張した面持ちで引き結び、彼女の次の言葉をジッと待っていた。

「いい?今この城は決して安全じゃないの。それなのに真夜中にあの子が校内を歩き回る口実を与えるなんて…もしものことがあったらどうするの!もう二度とあの子に危険なことをさせないで。今度同じようなことがあれば私はあなたを許さないわよ。あの子が二度と自由に城内を歩けないようにしてやるわ」

 凄まじい形相でそう告げたに、ハグリッドは目を瞬いて上擦った声をあげた。

「な、どういうことだ?じゃあ、ほんとなのか?賢者の石を狙っとる誰かがおるってのは」

 は話はそれだけよ≠ニ素早く立ち上がり、ハグリッドにそれ以上の追及を許さなかった。愛ではない。こんなもの、愛情とは違う。

 彼らの息子を護ることでしか、私は。

 ハグリッドの小屋を出たは懐から取り出した杖を羊皮紙にかざし、何も言わずにその手紙を焼き払った。