がたんがたんと音を立てながら進むホグワーツ特急の、とあるコンパートメントの中で。きらきらと光る彼女の黒い瞳を、横目でこっそりと見ていた。可愛い子だった。傍目にはナンセンスな友達の話を実に楽しそうに聞いて、快活に笑いながら返す。ああ、なんて愛らしいんだろう。その切り返しからして、頭が悪くないことは明白なのに。(それに対して彼女の向かいに座っているブロンドの少女は見るからに馬鹿そうだ。)

「私はレイブンクローがいいわ。ねえ、、あなたは?」

ブロンドのほうの少女が窓枠に肘をつきながら陽気に聞いた。もしもあんたがレイブンクローになったら、俺はその場で荷物をまとめて帰るぞ。だが黒髪の少女がどう答えるか気になって、ホームで知り合ったデュークがいつかクィディッチの選抜チームに入ってやると向かいで夢見心地に語るのを右から左に聞き流していた。
同じく窓の外を眺めていた少女    は困ったように微笑みながら友人のほうに向きなおった。

「そうねぇ……私はどこでもいいかな。どの寮もそれぞれの持ち味があるから、ここがいいなんてとても決められないじゃない?」
「そう?だけど私、両親がレイブンクローだったからきっと私もレイブンクローだと思う。それにハッフルパフは嫌だわ、恥ずかしいじゃない」
「恥ずかしくて悪かったな。うちの母親はハッフルパフだ」

ひとりでぺらぺら喋り続けていたデュークも、隣で交わされるやり取りはちゃっかり聞いていたらしい。険悪に目を細めて、少女ふたりの会話に割って入った。ブロンドの少女はぎょっと目を開いて、それまできっと石か何かだとでも思っていた隣の少年を凝視する。謝りもしないその少女にデュークがさらに詰め寄ろうと身を乗り出したとき、声をあげたのはもうひとりの少女だった。

「ハッフルパフ!素敵だわ、ナショナルチームのティモシー・リッチモンドはハッフルパフの出身なんでしょう?あの、フェアプレーで有名な」

ブロンドの少女もデュークも、そしてもちろん俺自身も一斉に彼女のほうを見やった。は少し照れたように笑ったが、その笑顔がまた控えめで可愛らしい。どぎまぎしている俺の目の前で、デュークは突然ぱっと表情を明るくして彼女のほうに笑いかけた。

「そう、そうなんだ!リッチモンドはうちの母さんの先輩さ。学生時代からクィディッチ杯では大活躍だったんだって。クィディッチカップを獲ったこともあるらしい、何だかんだで誠実でとにかくすごい選手さ!」
「えー、すごい!技術も必要だけど、一番大事なのは心だと思うわ。ねえ、オリアナ、『誠実』と『寛容』のハッフルパフもとっても素敵だと思わない?」
「え?あ……そう、そうね」

うさんくさそうに横目でデュークを見やりながらも、ブロンドの少女、オリアナはそれ以上逆らおうとはしなかった。すっかり気をよくしたデュークは鼻歌なんぞを挟みながらと話し始める。おい、なんなんだ、お前。先に彼女に興味を持ったのは俺だっていうのに横から掻っ攫うような真似を。それともこいつもまた、気にならない素振りでずっと彼女のことを気にしていたとでもいうのか。

「俺、デューク・レイ。俺も新入生なんだ。よろしく」
「よろしく。私は。こっちは友達のオリアナ・トヴィー」

すっかり機嫌を損ねた様子でふいとそっぽを向いた少女を示して苦笑してから、は唐突に俺のほうを向いた。その明るい瞳に正面から見据えられて、どきりと心臓が跳ねる。

「あなたは?」
「え?」
「名前よ。あなたの、名前」

くすくす笑いながら、。後でデュークに聞いたところによると、そのときの俺の顔というのは後代まで語り継がれてもいいくらいひどく間抜けなものだったらしい。まったくあいつは昔から誇張が過ぎる。けれども彼女のあのときの笑い様を思い出すと、あながち間違ってもいないのかもしれない。
俺はリンドバーグ家の例に漏れず、英知のレイブンクローに組み分けされた。ジェネローサスはテーブルに近付いた俺を誇らしげに呼び寄せ、これが俺の弟だどうだ俺に似て男前だろうなんて恥ずかしげもなく胸を張った。こいつ、馬鹿か、恥ずかしいのはむしろこっちのほうだ!いいからその手を放せよ!

「ジェニー、残念だが弟はお前より男前だぞ」
「はあ?この俺がこいつに負ける?冗談じゃない、お前どこに目がついてるんだ?なあ、みんな見てくれ!こいつの鼻は先が少し曲がってるんだ、ほら」
「曲がってるのはお前のほうだよ、ジェニー」
「ジェニー、お前が弟ラブなのは分かったからこっち来てパイ占い付き合えよ」
「おう、いいぞ!フィディー、お前も来い。面白いこと教えてやる」
「ちょ……俺はこっちがいい。というかもうフィディーなんて呼ぶな!」
「フィディーはフィディーだろ。おいみんな、こいつのことはフィディーって呼んでやって。なあフィディー、五分でいいから俺と来いよ」

嫌だって言ってるのに!新調のローブを掴まれて、俺は無理やり上級生の輪の中に引きずり込まれた。潜めたくすくす笑いに包まれてこちらは死ぬほど恥ずかしいというのに、ジェネローサスはそれをむしろ楽しんでいるようだった。テーブルの真ん中に現れた糖蜜パイは八等分、それを合図で九人が一斉に取り合う。漏れたひとりが触れた部分に描かれた皿の紋様を見て翌日の運勢を占う……だとかなんだとか。くだらない。実にくだらない。こんなことを天下のレイブンクロー生が    あろうことかあの兄が楽しんでいるだなんて、まったく信じられない。

「せーの、はい!」

ジェネローサスの向かいに掛けた三年生が声をあげると同時、九つの手が大きな丸皿をめがけて伸びる。何も持ち上げられずに皿に触れたのは、一番皿に近いところにいたはずの俺だった。くだらない、実にくだらないゲームだが    勝負に負けるということは、これ以上ないほどの屈辱だ。
それに、正直言って……甘いものは、嫌いじゃない。それを知っているものだから、ジェネローサスはにやりと意地悪く笑いながら勝ち取ったパイの一切れを見せ付けるようにゆっくりと食べた。くそ……悔しい!悔しい!

ぎりぎりと歯噛みしながら皿から手を離すと、ゲームには参加しなかった上級生のひとりが身を乗り出してそこに描かれた紋様を覗き込んだ。

「お、ジェニーの弟、縁起がいいぞ、最高だ。レイブンクロー、鷲の翼!」
「ほんとだ。フィディー、さすが俺の弟!鷲の翼    汝の知をもて、さすれば自由に飛び立てん!ホグワーツにおけるお前の未来はこんなにも明るいぞ。おーい、みんな、レイブンクローの輝かしい未来に、新入生みんなの明るい未来に、乾杯!」

ジェネローサスが声を張り上げて呼びかけると、なんとレイブンクローのテーブルの多くの上級生たちがゴブレットを掲げた。その影響力に驚き、言葉を失って目をぱちくりさせる。それを見てジェネローサスは得意げに鼻を鳴らしてみせた。

「見たかフィディー、俺は鷲のみんなに愛されてるぞ。悔しかったら俺みたいな人気者になってみろ」
「愛じゃなくて単に遊ばれてるんだろ。フィディー、こんな兄ちゃんの言うこと聞いてたら腐っちまうぞ」
「なに!言ってくれるな、ジェレミア!知ってるぜ、お前、学期末に俺のためにマコールの馬鹿野郎を殴り倒してくれたんだってな。愛してるぜジェレミア!」
「なっ……し、知らねーなそんなこと!人違いじゃねーの?」
「素直じゃないな。だがお前の気持ちは分かってるぞ!」
「しつこい、うるさいよお前!あっち行け!」

隣の友人に対して、冗談にしては気持ちの悪い抱擁を始めた兄は見るに耐えなかった。深々と嘆息し、周囲の上級生たちの囃し立てる笑い声に背を向けてもとの座席に戻る。パイ占いで彼が触れたのは確かに、大皿に描かれた威厳ある鷲の羽の部分だった。汝の知をもて、さすれば自由に飛び立てん。
自分の席に戻ると、近くに座っていた同級生たちは面白い兄さんがいて羨ましいなどとふざけた感想を聞かせてくれた。まったく、冗談じゃない。これからもこんなに恥ずかしい思いをしなければならないのかと思うと今から重々しい気分になってくる。

けれども嘆息混じりにふと顔を上げると、正面に座った同級生のその向こう側に、彼は知った顔を見つけて思わず目を見開いた。隣の長テーブル、グリフィンドール席からこちらを見つめて笑いかけ、その手を軽く振ってみせたのは    ホグワーツ特急で、同じコンパートメントだった……。そういえば、あのとき自分はレイブンクローがいいと言っていた少女は俺の予想通りハッフルパフ、そしてデュークも母親と同じ寮に。こちらもさり気なく右手を振り返して、彼はすぐにそちらから目を逸らした。

    グリフィンドールの、一年生。

確かに俺はここから、自由に飛び立てるような気がしていた。
明日への道行き
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ネルラトラテ (08.07.28)
フィディアスの話にするつもりが、気付いたらジェネローサスが非常に出張ってくれました。