50.優越感


 私の家に着くまで、ゲンマはすごく気を遣ってゆっくり歩いてくれた。しかも私の肩に合わせて屈んでいるから、すごく疲れる姿勢のはずだ。自分で歩くよって試しに言ってみたけど、ゲンマは怖い顔で「悪化して長引いたらどうする」って却下した。私が調子悪いときは、ほんとに過保護だな。なんだかこそばゆい。

 家に着くと、ゲンマは居間まで私の身体を支えたまま連れて行ってくれた。ゲンマがうちに来るのは二回目だ。あのときは客間でしばらく話をして、そのあと私が部屋で寝るまで手を握っていてくれた。今思い出しても恥ずかしいし、我ながらよくあんなお願いしたものだと思う。それだけ、当時の私は弱りきっていた。

「ゲンマにゃ」
「おう」

 どこからともなく現れたアイがゲンマに声をかけた。遅れて姿を見せたサクは、私をちらりと一瞥して鼻を鳴らす。

「あの程度で怪我にゃんて、軟弱にゃ」
「情けないにゃ」
「まるで見てきたみたいに言うじゃねぇか」

 ゲンマがすかさず突っ込むと、アイは後ろ足で砂をかけるような仕草をした。

のことなら全部知ってるにゃ」
「澪から頼まれてるのにゃ、全部知ってるにゃ」
「お前ら村までついてきてたってことか?」

 驚いてゲンマが尋ねると、サクは素知らぬ顔でそっぽを向いた。

「さぁにゃ?」

 私も驚いたけど、追及はしなかった。アイもサクも、忍猫たちは私を信用していない。何を聞いたとしても、ろくな答えが返ってくると思えなかった。今みたいにはぐらかされる。
 ゲンマが居間のストーブに火をつけると、アイとサクは真ん前に陣取って丸くなった。上着を脱いだゲンマが腕まくりしながら、テーブルにつく私を見て聞いてくる。

「なんか要るか? 適当で良ければ飯でも作る」

 時刻はお昼をだいぶ過ぎた頃だ。私は昔のことを思い出して笑ってしまった。怪訝そうなゲンマに、

「なんか懐かしくて。前もゲンマ、ご飯作ってくれようとしたよね。ママみたいだね」
「……うっせぇ。お前が心配かけるからだろ」
「えへへ、ごめん。ありがと」

 あのとき話せなかったことは、ゲンマにもリンにも話せないままだ。サクモおじさんのこともカカシのことも、母さんのことも。でもふたりとも、無理に聞かないでずっと見守ってくれた。ふたりには、本当に感謝している。大好きな友達だ。
 私は赤い仏頂面のゲンマに笑いかけて言った。

「今日はお願いしよっかな。できたら一緒に食べよ。あるもの何でも使っていいよ」
「おう。じゃあちょっと待ってろ」

 でもゲンマ、料理なんかできるのかな。いつもおばさんの美味しい料理食べてるだけじゃないのかな。

「あ、エプロンいる? 私のが小さければばあちゃんのがあるよ。ピンク」
「……いや、いいわ」

 ゲンマはこちらに背中を向けたまま、シンクの引き出しや冷蔵庫を開け始めた。何があったかな。鶏肉や卵は数日分あると思うけど。あとは缶詰とか適当に。ほとんど自分が食べるだけだから、あまり手の込んだものを作ろうという気になれず、ここまで来てしまった。
 ゲンマの後ろ姿、こんなにじっくり見るの初めてかも。

「あんまり見るな。緊張する」
「バレた?」
「すげぇ視線を感じる」
「だって料理してるゲンマって新鮮」
「家族以外に作るの初めてだから、味は保証しない」

 ゲンマにそう言われて、すごく嬉しくなった。楽しみだな。おばさんに教えてもらったのかな。私は捻挫の痛みも忘れてウキウキしながらまたゲンマの背中を眺めた。玉ねぎを切って、鶏肉を切って。切り方はちょっとたどたどしいけど、料理しているだけでいつもよりかっこよく見える。

 そうこうしているうちに、ちょっと甘そうな良い匂いが漂ってきた。ゲンマはときどき味見しながら調味料を調整している。すごい、丁寧。私なんかいつも目分量だし味見もしない。そのせいか大体いつも同じような味になる。

「食器も借りるぞ」
「はーい」

 動けなくて何から何まで任せきりだけど、動こうとしたら怒るだろうから今日はおとなしくしておこう。一年前に毎日ゲンマが世話焼いてくれたのが懐かしい。そっか、もう――あれから一年以上経つんだ。サクモおじさんが死んで、母さんがおかしくなってから。
 母さんは医者からの許可が出たとかで、半年ほど前に戦場に戻っていった。それからときどき帰還してもほとんど自室に閉じこもっているので、私は顔を合わせることもない。だから家族がいてもいなくても、私の生活は特に変わらない。

 ゲンマは親子丼と卵スープを作ってくれた。私のレパートリーにも入っているけど、正直言って、レベルが違う。何となく作っている私の数倍美味しかった。美味しいけどちょっとショックだった。週に何回も料理している私と、たまにしか料理しないゲンマ。おまけにゲンマはお茶の淹れ方まで上手だった。

「うっ……美味しい……」
「何で嫌そうな顔して言うんだよ」
「おばさんが料理もお茶も全部してくれるのに何でこんなに美味しいの……悔しい」
「はぁ? 俺だって月一は最低でも作ってる」
「月一! こっちは二日に一回は作ってるのに!!」
「何張り合ってんだよ、どうでもいいだろ」
「よくない!! おいしい!! くやしい!!」

 せめて家事くらいは私のほうができると勝手に優越感を持っていたのかもしれない。とてつもなく悔しくて私は奮起してしまった。いつか絶対にゲンマに美味しいごはん食べてもらうんだ。絶対。これからはちゃんとレシピ見て味見もしながら作ろう。

 食べ終わってゲンマが片付けまでしてくれたあと、私は時計を見ながらゲンマに声をかけた。

「あ、ゲンマ。まだ時間ある?」
「いいけど。済ませといたほうがいいことあれば何でも言えよ?」

 私が何か雑用を頼むと思ったらしい。私は笑って首を振った。

「そうじゃなくて、ちょっと付き合ってほしい」
「ん?」

 ゲンマが不思議そうに首を傾げる。私は彼にまた肩を貸してくれるように頼んだ。