天の采配という名の

わたし、は東京文京区のとある出版社に勤めるしがない会社員。というのは実は謙遜で、入社四年目、去年企画部に異動となり、わりと、頑張ってる方だと思う。 そして今目の前で優雅にワインを楽しんでいるこの男、天童覚はというと、同じ出版社に勤務する営業マン。飄々としてるくせに、結構頻繁に大口の契約をとってくる、 社内でも敵の多い悪趣味な男である。
。お肉いらないなら食べちゃうよ?」
「たっ食べるって……あっ!」
本日メインの和牛フィレ肉を一口大に切った状態で固まっていたの手元から、覚は滑るような動きで一切れをかすめとる。は悲鳴をあげて、すでにモグモグとそれを頬張る相手の満足そうな顔を睨みつけた。
「さっ、さいてい」
「お褒めにあずかり光栄です」
「まじ最低。卑劣。えげつない。地獄におちろ」
「そんなに褒められると照れるねえ」
「褒めてねえよ。わたしの肉返せ」
が俺のサポーター返してくれたらねえ」
「それ! とっくに時効ですよね!?」
わたしはムキになって言い返すけれど、覚はそんなこと、まったく気にしていない。
何のことか分からない人のために解説しておこう。わたしと覚は、職場で出会ったわけじゃない。
出会いは、そう、もう十年近く前にさかのぼる。
何の因果で、わたし、ずっとこの男と一緒にいるんだろう……。


宮城の白鳥沢学園は、全国にも名の知れた超名門校。
母がその出身だってことは、中三の春先まで知らなかった。
バレーの高校全国大会の中継を見ながら、母が何とはなしにぼそりとつぶやくのを聞いたのだ。
「あー、久々に出てるんだー」
「え、なに? どこ?」
「母さんの母校」
「へー。え、どこ?」
「白鳥沢」
「はっ!?」
スポーツとかまったく見ないわたしでも知ってる。甲子園も常連だし、バレーなんか昔は全国優勝したこともあるらしい。え、うそ? 母さん、白鳥沢出身なの!?
「なんで言わないの!? え、まじで!? 白鳥沢!?」
「なんで言わなきゃいけないの。言う必要なくない?」
「そ、そりゃそーだけど、もっと自慢していいのでは?」
「だってその話題聞くとお父さん拗ねるもん」
「拗ね? なんで?」
「落ちたから」
「まじで!」
そりゃー拗ねるわ。
それがどうしてわたしが白鳥沢に入ることになったのか、あんまり覚えちゃいないんだけど。
学校の進路相談で、ひょっと白鳥沢の名前出したら、担任がなんか乗り気になって。
わたし、勉強だけはできたから、あれよあれよという間にそういうことになって。
父さんもそのときは特に反対しなかった。
あとになって、バレー大好きな父さんが、うまくいけば娘が牛島君の同級生になれるって密かにウキウキしてたらしい話を聞いた。
かくしてわたしは、小学校から注目されてたらしい、バレー天才少年牛島若利君の同級生になった。


まあ、別にそれだけなのだ。
珍しい一般入試で高校編入したわたしは、牛島君の同級生になれただけで、別に友達だったわけじゃない。というか、知り合いですらなかった。
ただ女の子たちが牛島君を見てキャーキャーしてるのを遠目にながめるくらいだった。だからバレー部に何のゆかりもない。
スポーツそのものにまったく興味のなかったわたしは、スポーツ選手が使うウェア?がどんなものかよく知らなかった。
さん    だよね?」
突然声をかけられたのは、校庭の花壇周りを掃除しているときだった。二年になって、押し付けられるように美化委員に任命された。 大抵の生徒は何らかの推薦で入学しているため、部活動に忙しいからと。確かにそのとおりでしょうけど! 校内の掃除なんて暇なやつがすればいいんでしょうけど!
声をかけてきたのは、いかにも風紀委員に目をつけられそうな、赤い髪を逆立てた不良風の男子生徒だった。
瞬時に、身構える。
不良生徒は呆れたように半笑いしながら、ぽりぽりと頭を掻いた。
「その顔だとやっぱり、俺のこと知らないよねえ?」
「はあ……どこかでお会いしました?」
「ひどいなあ。同じクラスじゃない」
「えっ!?」
声がうらがえった。うそだ。こんな派手な頭、いやでも気付くでしょ。
同じクラスだというその不良は、まあ、どっちでもいいやと言いながら、わたしの手元を指さした。
「それ俺のなんだけど、返してくれない?」
「は? え、なに?」
「そのサポーター」
「サポ? え? なんて?」
「サポーター」
なんのことか分からず目をぱちくりさせるわたしの前で、不良男はますます呆れ顔になる。
「今、左手に持ってるじゃない」
「はっ?」
今まさに右手のゴミ袋に入れようとしていたそれを指さして、不良男。
わたしはわけが分からなくて、頭の中がぐるぐるになっていく。サポーター? サポーターってなに?
「この、雑巾?」
「ぞっ!?」
不良男は細いと思っていた目をびっくりするくらい大きく見開いてから(その顔がエイリアンじみてて思わず後ずさった)、呆れを通り越しておかしくなったようだった。 堪えきれない笑いをたっぷり数秒ためたあと、びっくりするくらい甲高い声で腹を抱えて笑い出す。異様な光景にかたまったわたしの目の前で、不良男は優に数十秒笑いつづけた。
「あーーーーー、おかし。雑巾。雑巾ね。さんにはそれが雑巾に見えてたわけね……あー、腹いてえ」
「な、なに? なんなの?」
さん、サポーター見たことないの? ないか。ま、しょーがないね。見るからに運動しなさそうだもんね」
「だからっ! なんなの!?」
わたしも気味の悪さを通り越して、怒りがふつふつと湧き上がってきていた。大体、どう見たって雑巾でしょ。ボロボロのクタクタ…… ときどきこのへんに落ちてて、どっか教室で干してるのが落ちてきたのかなって思ってたけど。なによそれ。サポーターって? サポート、応援してくれる人のことじゃないの?
ニタニタ笑う不良男は、急に名案を思いついたとばかりに手のひらを叩いて、無遠慮にずいずいこちらに近付いてきた。えっ! ちょ、ちょっと待ってって!
「ちょっと来て」
遠目に見ても分かる長身は、目の前に立たれると圧倒される高さ。そして手首を躊躇なく握られて、思わず右手のゴミ袋を花壇に落とした。
「なっ! な、な、なっ?」
「ついてきて」
そんなに強い力じゃないのに、ぐいぐい引っぱられてわたしはヨタヨタついていく。辛うじて左手につかんだ雑巾、もといサポーターにまるですがるようにしながら、 不良男にされるがまま校庭を横切って校舎の中へ。
連れてこられたのは、A棟の一階にあるトロフィーや賞状がズラリと並ぶ廊下の一角。文化部、運動部ともに白鳥沢の栄光が一目瞭然だった。まあ、そんなにまじまじと見たことないけれど。
なぜか手を放してくれない不良男の横顔に無言の抗議をしてみるが、まったく無意味。
「バレーの試合とか見たことないの?」
「あるよ。父さんが毎年春高見てたし」
「あっそ。毎年見てたのに気付かないんだ……」
「だから! その持って回った言い方やめて!」
「あの写真見てみて」
空いた左手で上のほうを指差す、不良男。イライラしながら顔を上げると、そこには大きなトロフィーと賞状を掲げて、心底誇らしげに笑う運動部員たちの写真が飾られていた。
「バレー部が全国優勝したときの写真。二十年前とかになるけど」
「あっ! 聞いたことある、母さんが在学中だったって」
「へえ。さんのお母さんって白鳥沢なんだ」
さっきから何とも居心地の悪い、このかんじ。当然のようにわたしの名前を呼ぶ、この不良男。わたしはお前の名前はおろか顔も見たことないし、 ましてや同じクラスだなんて絶対に認めない……。
「ていうか! サポーターの話ですよねっ!?」
「あ、覚えてたの? えらいねー」
「む、むかつく……なんの子ども扱い……」
「あの写真、ほら、選手のひざ見てみて」
こちらの憤怒などどこ吹く風、飄々と写真を見上げる不良男を視線だけで殺せないかと試みたけれど、当然そんな眼力はない。あきらめて言われたとおりにすると、 選手たちの膝を白や黒の何かが覆っていることに気付いた。
「あれがサポーター」
「さ、サポーターって応援する人のことじゃないの!?」
「それもあるけど。特にバレーはひざ痛めやすいからサポーターで保護しとくのよ」
「……へーえ」
ばかみたいに口を開けるわたしの隣で、不良男がまたドン引きの顔をしてわたしを見る。
「つながってないみたいだから言うけどさあ」
「はあ」
「俺のサポーター、さんからしたらただの雑巾なんだねっていう」
「……あっ!!!」
そこで初めて、わたしは左手につかんだ雑巾、もとい、白いサポーターを見た。
不良男の視線が、憐れみに変わるのが見えた。


そのあと、不良男、もとい天童覚は他の部員のものと混ざるのがイヤで、ときどき教室の窓でサポーターを干していたこと、それがときどき消えて、 校庭を探しても見つからなかったこと、ようやく見つけたそれを平然とゴミ袋に入れようとした美化委員がわたしだったこと、等々を聞かされた。 そして彼の言うとおり、よくよく見ると、あの赤い頭は同じクラスにいた。信じられなかった。授業中の大半を机に突っ伏して寝ているとはいえ、 あんな派手な頭が同じ教室にいて、二ヶ月も気付かないとは……。
知らぬこととはいえ、落し物のサポーターを一度ならず複数回捨ててしまったことで、わたしは覚に多少なりとも罪悪感を感じていた。だからあれ以来、 覚が面白半分にからかってくるのをはじめはしょうがないと耐えた。でもそれも一ヶ月でぶち切れた。
ぶち切れたわたしを見て、覚は引くどころかますます嬉しそうに唇をなめた。
さんも本気で怒るんだねえ」
「は!? ほんとに、喧嘩売ってんの!?」
「そのパワーもっといろんなことに使いなよ」
「は?」
「ほんとはイヤだったんでしょ、美化委員。なんで断らなかったの」
わたしは次の台詞を飲み込んだ。図星だった。だからイヤなんだ。天童の目は何もかも見透かしているようで、わたしの中のドロドロも全部見抜いているんだって怖かったから。
わたしは俯いて、知らず知らず手のひらに爪を立てる。
「だって……しょうがないじゃない。みんな忙しいんだし」
さんだって茶道部はいってるじゃない」
「な、んで知って……大体、茶道部なんて一部以外ほとんど幽霊部員みたいなもんだし」
さん幽霊じゃないじゃん」
「な……と、とにかくしょうがないでしょ、他に誰もやりたがらないんだから」
さんだってやりたくないんでしょ」
「……もうっ! なんなのよ、天童君に関係ないでしょ!?」
もう耐えられそうになかった。身体中が焼けそうで、どうにかなってしまいそうで。誰にも知られたくない。内に抱えた暗く重たいものなんて、他の誰にも。
それなのに。
「そんな分かりやすい顔で無理しないでよ」
ぎゅって、急に、抱きしめられたら。
初めての男の子の感触は、広くて大きな胸と、制汗剤の匂いと。
頭の上に触れながら、降ってきたさみしげな声と。
「ほっとけなくなっちゃうからさ」


そしてわたしたちは付き合うようになった。あとで聞いた話だが、覚は一年生のときからわたしのことが好きだったというか、ずっと気になってたんだそうな。 こんなに目立たないのになんで、と聞いたら、目立たなさすぎて逆に目立ったそうな。全然うれしくない。それにわたしは、付き合ってはいたけれど、 覚のことが好きなのかずっと分からないままだった。
転機はきっと三年生に上がった春。最後のクラス替えで、わたしたちは端っこと端っこのクラスになった。
「まじで。俺さみしすぎて死んじゃう」
「いっぺん死んだらいいんじゃないかな、天童君は」
「俺のそういう俺だけに冷たいとこほんと好き」
「ほんっと気持ち悪い。お願いだからそれ以上近付かないで」
始業式の帰り、覚に誘われて帰り道のカフェに寄ったけれど。テーブル越しに顔を寄せてきた覚に冷たい一瞥をくれて、わたしはフロートをつつく。覚の言うとおり、 わたしは覚だけに冷たかった。やりたくないことを断りきれないところも、愛想笑いしてしまうところも、あの頃からほとんど変わらなかったけれど。
クラスが離れたことで、覚に会う機会はびっくりするくらい減った。覚は超多忙なバレー部で、練習が終わる頃には夜八時を優に過ぎている。 真面目に出席したって七時には確実に帰宅できているわたしと覚とは、一ヶ月に二回会えればまだいいほうだった。
毒を吐けないことがこんなにもつらいなんて、それまで、知らなくて。
それでもわたしは、平然を装った。ときどき予定を合わせて覚と会うときも、それまでと変わらない程度に、憎まれ口をたたいて、キスだけを交わして。
でも覚にとっては、何もかも、お見通しみたいだった。
「無理しないでって言ったでしょ」
期末テスト期間中、会いたくないって言ったけど、覚が許してくれなかった。カフェで勉強しようって連れ出されたのに、引きずってこられたのはカラオケボックスで、 イヤって言ったのに無理やり連れ込まれて、急にキスされてきつく抱きしめられた。見てられなかったって。もっと甘えてって。
甘えてるつもりだった。いい人ぶってるつもりはないけど、飲み込んでしまう言葉ってたくさんある。だけど覚には素直にさらけ出せた。出せてるつもりだった。
なのに、これ以上、甘えろって言われたって。
「わかんないよ……」
「ん?」
「これ以上……どうやって甘えればいいかなんて、分かんないよ」
「ほんとに不器用だねえ、は」
そういうとこも好き、と甘い声でささやく覚に、どうしていいか分からなくなる。ただきつく抱き寄せられて、わたしは酸素を求めてなんとか顔の位置をずらす。
覚はどこまでも、優しく声をかけてくる。
「ほんとのこと言っていーよ」
「……なんのこと」
が俺のことどう思ってるかとか。俺のこと好き?」
最後通牒かと思った。だってわたしはずっと、あえてその言葉を避けてきた。
はほんとに正直者だねえ」
口ごもるわたしの頭をゆっくりと撫でながら、覚はいつもよりずっとずっと優しい声。
だけどそれは、別れの合図だと思った。
それなのに。
「それでもいいよ。分かんないまんまでいい。そのまんまのでいいの」
え、と顔を上げたわたしをすごく間近で覗き込んで、覚が目を細める。今までに見たどんな甘いマスクより、その目は優しかった。
この人のことが好きだと、初めて思った瞬間だった。
「分かんないままでいいから、これからも俺と一緒にいてください」
イヤと言えないからじゃない。ただ、この人と一緒にいたい。自分の意思で選んだ、わたしにとって初めての選択だった。
「……わたしも、覚と一緒にいたい……です」
すると覚の目があのときと同じようにまた大きくまん丸になって、そして突然、その目がじわっと潤んだ。
「えっ? さ、覚?」
「……まじ、天の采配」
「な、なにが?」
「クラス替え。俺まじで最初は超凹んでたんだけど、結果オーライ。百二十点満点」
「大げさだなあ」
「大げさじゃないし。俺がどれくらいのこと好きか全然分かってない」
「大げさだってば」
恥ずかしさをごまかすようにわたしは怒った声を出したけれど、きっと覚には何でもお見通しで。やっと抱擁を解いてソファに座らされたものの、横並びになって またゆるゆる抱きしめられただけだった。当然歌うような気にはなれず、多分一時間くらい、わたしたちはそうしてただ寄り添っていた。
それでも。
好きという言葉だけは、どうしても言えなかった。


別れようと思えばきっといくらでもそのタイミングはあったのだけど、別れようと積極的に思ったことはなく、ごくごく平坦に、数年が過ぎた。 具体的に示し合わせたわけではないのだが、大学はふたりとも首都圏を選んだし、就職はなんと結果的に同じ出版社となった。本当に、嘘みたいな話だけど、これは本当に、偶然。 だってお互い、どこを受けるなんて取り立てて話していなかったのだから。
高校の同級生で、ましてや恋人同士だなんて、絶対に秘密にしようと約束したのだが、どういうわけか、一週間でバレた。「だっての顔、分かりやすいんだもん」という同期の一言で撃沈。部署が違うことだけが唯一の救いだった。
「高校から付き合ってるんだっけ? 結婚しないの?」
「んー……なんていうか。長すぎた、のかなあ」
「マンネリ?」
マンネリ、なのかなあ。そういうのよく分からない。覚といたらうれしい、楽しい。安心する。その気持ちが健在な以上、別に別れる理由なんてない。
転機は入社五年目のこと。新入社員のひとりが、バレーをやりたいと言い出したのだ。
「天童さん、白鳥沢でバレーやってたんですよね! 教えてくださいよー」
「えー。やだ。教えるとかガラじゃないし」
「そんなこと言わないでくださいよー。あの牛島と一緒にプレーしてたんですよね? まじ尊敬です!」
「そりゃどーも。でも俺、バレー高校で辞めたしさあ」
「ええっ?」
「お役に立てなくて悪いねえ。じゃ」
まったく悪びれもせずにしれっと言いのけて、ひとりその場をあとにする。食堂でそんなやり取りを見かけてから、ずっと心に引っかかっていたのだ。
覚の部屋に高校時代のバレーシューズが大事に仕舞われていることを、知っていたから。


覚がどんな理由でバレーを始めて、どんな理由でバレーを辞めたかわたしは知らない。だから余計なお節介かもしれない。すごく、すごくすごくすごく、こわかった。
だけど。
なるようになれって。その精神は、覚が教えてくれた。嫌というほど身体中に染み込ませてくれた。変化がこわくていつも踏み止まっていたわたしを、強引に沼地に引きずり込んでくれたのは彼だ。
「これ、返すね」
休みの前夜、仕事帰りに覚の部屋に行ったわたしは、小さめの紙袋をそっと差し出した。覚はそれを見て、きょとんと目を丸くする。
「貸してたものあったっけ?」
「んー、借りてたというか、捨てちゃったというか」
「へ?」
覚はまったく見当がつかないようで、不思議そうな顔をしながら紙袋を受け取る。営業職としては異例の速さで帰宅する覚は、すでにネクタイを緩めて少しビールを飲んだあとみたいだった。 ベッドに腰かけて、ちょっとだけ赤くなった顔で、紙袋を覗きこんで。そしてびっくりした顔で、かたまった。
「これ……」
「覚えてる? わたし覚のサポーター三枚くらい捨てた」
「三枚? え、うそ、六枚くらいでしょ」
「六枚はさすがに盛ってるよね!?」
茶化すように笑った覚だけど、手元の紙袋に視線を落として、また、動かなくなる。
その目を見るのはこわかったけれど、わたしは覚の隣に腰をおろして、もう十年近く連れ添った恋人の横顔を見つめた。
「バレー、好きなんだよね」
「………」
「ひざ、大事にしてね」
「……なんで、分かったの」
涙が出るほど、安心した。覚は怒ってない。ただ本当はバレーがしたいって気持ちを見透かされて驚いていた。
「分かるよ」
本当はたまたまバレーシューズ見つけちゃっただけなんて、言えない。
「覚のこと……好き、だから」
やっと言えた。やっと。やっと。口にして初めて分かった。わたしが覚のこと、どれくらいどれくらい、本当に大好きか。
でもその気持ちを呑まれてしまいそうになるくらい、もっとずっと感激した顔をして、覚はまた、泣いた。


、俺と……これからも、一生一緒にいてください」
何の因果かって?
答えはきっと、あのときからずっと決まってる。