烏野のマネのひとりがあまりに口が悪くて、山本が泣いていた。あんなに美人なのにどうして、と。
口の悪い女子ならうちの学校にもいくらでもいるじゃん。そう言い返すと、ブスはどーでもいいですけどあんな美女がテメェぶち殺すとか言ってて俺は悲しいです!! と力説された。
まあ、確かに少し意表をつかれたけれど。だが、それだけだ。他校のマネのひとりがスゲェ美人で、スゲェ口が悪かったとしても、だからなんだというのか。 彼女がたまたま美人に生まれたというそれだけのことで、俺たちの何かが変わるわけでもない。
他校の女子マネのことでいちいち泣いたり喚いたり、山本はうるさい。

烏野の二年マネちゃん。
名前も知らないし、知りたいとも思わないし、ただ、ときどき聞こえてくる甲高い罵声に「元気だねえ」とだけつぶやいて、鉄朗は目の前の試合に意識を戻すのだった。
一日中強豪校のプレーを見られるというのはマネージャーの仕事を差し置いても素晴らしい経験だけれど、遠征ってだけで疲れる。は長距離の移動が苦手だった。いちばん疲れているのは選手たちなのだが、あれだけモリモリ食べてれば大丈夫だろう。

「あらあら、アクビはかわいいのねえ」

トイレを終えて廊下に出ると、不意に楽しげな声が聞こえてきては顔を上げた。昇降口からふらりと現れたのは、音駒の主将の三年生だ。隠しもせずに眉根を寄せるを見て、彼は意地悪くニタリと笑ってみせた。

「他校の野郎共が騒いでたよ? 烏野のマネちゃん、あんな美人なのに残念すぎるってさ」
「はあ」
「せっかくキレイな顔してるんだからさ、もーちょっと女の子らしくしたほうがいいんじゃない? おたくの三年マネちゃんみたいにさ」

久しぶりに聞いた、そういうの。似たような台詞は何回も聞かされてきたし、今さらどうということもないはずだった。なのに    
振り払うようにして微笑んで、告げる。

「そもそもわたしと先輩じゃ月とスッポンですから」
「そう? 顔だけなら俺は君のほうが好みだけど。まーあの可愛げのなさじゃねー」

ケラケラ笑う音駒の主将を眼前に見ながら、の脳裏には別の顔がよぎる。申し訳程度のお愛想さえかなぐり捨てて、突き放した。

「わたしそーゆーのキライなんでどうでもいいです。失礼します」

そんなの求めてない。わたしはただバレーが好きで、男子バレーのあのパワフルさと繊細さを、いつも目の前に見ていたいだけなのに。

(めんどくさい。そーゆーの全部)

いっそ男に生まれればよかったのに。
「悪い」

練習試合を終えて片付けをしている最中、音駒の黒尾にそう声をかけられた。怪訝に思いながら、大地は振り向いて聞き返す。

「何?」
「や、昨日おたくのマネちゃんの機嫌損ねちゃったみたいで」
「え? 清水?」
「んーと、二年の、威勢のいいほう」
「ああ、か。なんで? 何か言ったのか?」

は清水に引けを取らない美人だけど見てのとおり中性的で、主に田中や、最近は一年相手にもズバズバ物を言ったりする。
それでも、誰彼構わず波風を立てたりはしないはずだ。基本的には。

「いやー、たまたま鉢合わせたからさ、せっかく美人なんだからもーちょっと女の子らしくしたら?って。男共が残念がってるよって、つい」
「あー。そういうの嫌がるだろ、は。心底バレーが好きでマネージャーやってる子だから」

昔は部内でもそういった声は聞かれた。だが今となっては誰も口に出すこともない。
片眉を上げて、黒尾が言う。

「そんなに好きなら自分でやらねーの?」
「プレーしたいとかじゃないらしいべ。確か、お父さんが二部リーグの選手だったとかで、ちっちゃいときから男子バレー見るのが好きだったって」
「へー。初耳」

後ろから現れた菅原の情報に、旭が感嘆の声をあげる。俺もそのことは知らなかったけれど、それより他のことが気になった。

「意外だな、黒尾が女子にそういうこと言うなんて。がああいう風で残念がってるのは、実はお前なんじゃないの?」

最後は冷やかし半分だったものの、黒尾は肩をすくめてあっさりとかわしてみせた。

「まさかー。挨拶代わりだっての。俺はロングの女子が好みなんですーう」

ロングと聞いた俺たちは、すかさず凄みをきかせて黒尾に詰め寄る。

「清水に手を出したら俺たちが黙ってないぞ」
「おー、こわ。烏野、ガードかったいねー」

黒尾はケラケラ笑って話題を変えたし、俺たちもそれ以降、特に気にするでもなかった。が男の目を引くのは当然だし、あの言動からすぐに引かれるのも幾度となく見てきたから。
(18.07.25)