監督同士の交流があり、昔は好敵手としてよく練習試合をしていたという烏野高校の名前は、猛虎も聞いたことがあった。 猫対烏、ゴミ捨て場の決戦。一見かっこよさそうなネーミングだけれど、実際にその場面を想像すると、なんともいえないもの悲しさがあった。 ゴミ捨て場だぞ、ゴミ捨て場。何が悲しくて生ゴミをあさるあんな気味の悪いカラスとバトらにゃならんのだ。

「大体、練習試合の申し入れは向こうからなんスよね? なんで俺たちが出向かなきゃなんねえんスか?」
「そー言うな山本。向こう行ったほうが、普段できない相手と練習試合やれるから効率的だろ?」
「そーゆーもんスかねえ」

主将はのらくらそう言うけれど、やっぱりおもしろくない。試合させてくれと言うならば、そっちからヘコヘコ頭下げて来るのが当然だろ。
だがそんな不平不満も、烏野で女子マネを見た瞬間に吹き飛んでしまった。

「か、烏野にマネ……しかも、どっちも超美人……」
「イエーイ、焼きそばパンゲットー」

ハイタッチの一年二人組など今は視界にも入らない。
うちにはマネのひとりもいないというのに、烏野には非の打ち所のない美人マネが、なんとふたりも存在していたのだ。
嗚呼、今日も潔子さんは美しい。それだけで世界はこんなにも華やぐ。
それに引き換え、こいつときたら……。

「田中ァ! さっきのぶち抜けただろ、何やってんだテメェ!!」
「アァ!? うっせえな、お前に言われなくても分かってらぁ!!」

今日は朝から静かだと思ったら、一セット目を落とした途端、これだ。潔子さんが冷静に宥めているけれど、は鬼の形相でこちらを睨みつけている。
確かに今のは決められるはずだった。いや、決めなければならなかった。だがバレーのことで熱くなったは時にこうして人目を憚らず罵倒する。自覚があるだけに、士気は上がるどころか暴落だ。
がバレーを好きなのは分かるし、そんなことはうちの連中なら全員知っている。けれどこの癖だけは、三年がいるうちにどうにかしてほしい。

黙ってれば美人なのに、とは、もはや部の誰もが口にしなくなった。それはでなくなるようなものだと思っていた。
だから音駒の連中がその様子にドン引きしていても、ご愁傷様としか言えそうになかった。
他校が来ているときくらい、黙っていようと思った。けれど気付いたときには、コーチにかぶせかけるようにして怒声をあげてしまっていた。
田中は言わなくてもちゃんと分かってるし、こちらの罵倒でやる気になるような趣味がないことも知っている。 それでも汚らしい言い方で男を叩いてしまうのは、中学時代に染みついた悪癖だった。

子どものときからバレーを見るのが好きだった。父の姿を間近で見ていて、中学では迷わず男子バレー部のマネージャーになった。けれど、それがいけなかった。 バレー部のエースに惚れている先輩がいて、直接手を上げられたとかではないけれど、執拗な嫌がらせを受けた。 ちょっとこわい先輩だったから、友だちも次第に自分から距離をとるようになった。陰口もたたかれた。

『ちょっと顔がいいからって、先輩に色目使ってる』

色目って。
エースの先輩のこと、確かにちょっと好きだった。でもそれだけだった。リベロの先輩も、セッターの先輩も、ミドルブロッカーの同級生も。 バレーに一生懸命になっている、ちょっと癖のあるメンバーのことはみんなそれなりに好きだった。わたしはただ、バレーが大好きだっただけだ。

部活を辞めることも考えた。でも、それはできなかった。考えた挙句、わたしがとった行動は、長かった髪をショートにして、口調を変えることだった。 はじめは部員たちも女子生徒も、何が起こったのかと困惑した。けれどもそれも、一ヶ月でおさまった。 わたしは女でいてはいけない。これからも、バレーと共に在りたいなら。

だから。

お願いだから、オンナであるわたしに、踏み込んで、こないで。
(18.07.25)
試合内容がちがうーとかはスルーでー。田中ごめん。