「好きです。俺と付き合ってください」

想像してなかったなんて言ったら白々しいし、それを待ってさえいた自分に気づいて愕然とする。こんなの、分かっていたはずだ。 ふたりで過ごす時間、交わす言葉、それらを受け入れ、楽しみ、焦がれたのはわたしなのに。いざ、そのときになったら、こんなにもこわい。

「……? ちゃーん?」
「……な、なんで。なんで、そんなこと……言うの」

こわくて、こわくてたまらなくて。素直に受け入れるなんて、やっぱりできなくて。

「俺のこと嫌いなの?」
「嫌い……なら、こんなふうに、会ってない……」
「だったら、なんでだめなの?」
「だって! もう、会うこともないのに……これが最後なのに、なのに付き合ったって……どうせこのまま、わたしのことなんか忘れるのに……」
「なんで分かんの。これが最後だって、俺がのこと忘れるって」

彼の声色が少し変わって、反射的に顔を上げる。黒尾は怒ったように眉根を寄せていたけれど、すぐに息をついて表情を緩めた。

「確かに俺が高校の間は、もう会うのは厳しいかもな。でも大学行ったらバイトするつもりだし、宮城行くくらいの旅費は稼げるよ。 だからそれまではメールとか電話で我慢して。東京来ることあれば連絡してくれればなんとか都合つけるし」
「そ、そんな先のこと! そのときまだわたしのこと好きかなんて、分かんないくせに……」

大学生になったら、会いに来てくれるつもりでいる。遠距離に、なんの障害も感じてない。それなのに、わたしはまだどこかに問題を見つけて、逃げようとしている。

「先のことってそんなに大事? 今が言ってんのは、たかが部活が将来どう役に立つのか、なんのためにやるのかって悩んでた昔のツッキーと同じように聞こえるけど。 たかが部活に、意味なんかないって思うか?」
「……おも、わ、ない」
「だろ? 俺もだ」

そう言って笑う黒尾を見て、それ以上の反論が浮かばない。ずるい。バレーを引き合いに出されて、無意味って思えるわけないのに。
こちらの顔を覗き込んで、黒尾がさらに追い打ちをかけてくる。

「俺のこと好きですか」
「………………………すき、です」
「俺がもし東京じゃなくて、宮城にいたら付き合うの?」
「……かも、しんない」
「じゃあ付き合お。会いに行くから、それまで待ってて」

簡単に、言う。仮に宮城にいたらって言ってるのに、あなたは宮城にはいないのに。

「……待ってて待っててって、黒尾さんそればっか」
「だってそれしか言えねえから」

まったく悪びれた様子もなく、黒尾は返事をする。

「高校の間に会いに行くってのは、約束できない。でものこと好きだから、が可愛すぎてほっとくの心配だから。だからお願いします。俺の彼女になってください」

大真面目に、百九十近い長身の男が、深々と頭を下げて。
そしてようやく気が付いた。離れているのが不安だから、だからわたしは、こんなふうに困らせて、彼の気持ちを確認しようとしたんだ。
そう気づけたら、そんな自分に、なんだか笑えてきて、吹き出した。

「なっ! なんでいま笑った!」
「ううん……だって、黒尾さん、そんなにわたしのこと、好きなんだって思って」
「あ!? そうです、いけませんか、日がな一日ちゃんのことばっか考えてて夜っ久んにどつかれてますけどそれがなにか!?」

夜久さんのことか。澤村さん、潔子さん、雪絵さん。思いの外、自分たちは周りの人たちに助けられて、こうしていられるのかなと思ったら、 余計に気恥ずかしくなって、は眉尻を下げた。

「うれしい、です。これからも……よろしくお願いします、黒尾さん」
「こっ……こちらこそ、よろしくお願いします、さん」

実はお互い、慣れていなくて。照れくささのあまり、しばらくは顔も見られなかったけれど。
宿までの帰り道、ほんの数分の道のりを、手袋を外して手をつないで歩いた。 この温もりがしばらく遠く離れても、この優しい声があれば、意地悪な笑い声があれば。
初めて、信じて誰かを好きでいられる、と、思った。
(18.07.25)
ここまでで第1部終了。