練習後、更衣室に戻った黒尾が、ロッカーを開けてスマホを見るなり、奇声を発してガッツポーズをとった。 見慣れぬ姿に部員たちは呆気にとられ、いちばん近くにいたリエーフが「何かあったんスか?」と率直に聞いた。

「うっせえ! お子ちゃまは黙ってろ!」
「に、二歳しか違わないですっ!」

不服そうに言い返すリエーフを無視して、黒尾はいそいそと着替える。そしていつもとは違う迫力で、鍵閉めるからお前らさっさと出ろ!と怒鳴った。

「なんかいいことでもあったか?」

クラスが同じ黒尾とは、駐輪場の指定場所が隣だ。スマホをいじりながら歩くその後ろ姿を見ながら、衛輔は冷めた心地で問いかけた。 振り向いた黒尾が、心底驚いたように三白眼の目を丸くする。

「そー見える?」
「お前、鏡で自分の顔見てみろよ。浮かれやがって」
「浮か……」

自覚のなさにショックを受けたらしい。押し黙る黒尾に、やれやれと息をついて、衛輔はそれ以上追及するのをやめた。
聞かなくとも、大体の予想はついていた。

近ごろ黒尾がこんな顔をするのは、彼女のことくらいしかない。
一週間考えて、とうとう、メールすることに決めた。東京の強豪校の主将とつながりを持っておいても損はない。誰に聞かれずとも、そう、理屈をつけて。
ただ、忘れられそうになかった。好きではない。好きなんかじゃない。ただあの意地の悪い笑顔と、しなやかで力強いブロックと。二度と会えないのは嫌だ。 それならどんなに儚い糸であったとしても、伸ばして、つなぎとめておきたい。

ただ、それだけだったのに。

『おう。絶対勝ち残る。にも会いたいしな』

そんなこと、言われても。

むず痒い熱に浮かされて、液晶を食い入るように見つめる。
どう返事をしていいか分からなくて、結局そのまま、はメール画面を閉じた。
余計なことを、書かなければよかった。メールの内容ごときでこれほどまでに後悔することなど初めてだ。
電話ができるのなら、声が聞けたなら。無用な心配だと声音で分かるかもしれない。だが夜久のアドバイスから、番号ではなくアドレスを渡すことにした。
文字にしなければ伝わらない。文字だけでは、伝わらない。
だから。

スマホが振動して、一通のメールを受信する。
ただ、それだけのことだ。

『決勝、勝ちました。全国行きます』

この気持ちは必ず、次会うときに直接伝えようと思った。
(18.07.25)