「クロさん……最近、烏野のショート美女と仲良いですね……」 そら、きた。大げさにため息をつきながら、鉄朗は軽い調子で言い返す。 「なんだあ、山本? 妬いてんのか? あんなおっかねえ女子はないわーつってたのはお前だろ?」 「た、確かに言いましたけど! でも最近、なんつーか、前より雰囲気柔らかくなってきましたよね……あんま怒鳴ってんの見なくなったし」 「そーかぁ? ま、烏野に怒鳴るようなとこなくなってきただけじゃねえの?」 烏野の進化のスピードは凄まじい。ときどき怖くなるほどだ。 だが彼女が近ごろ部員相手に怒鳴らなくなってきたのは、それだけが理由ではないと、期待交じりに鉄朗は思う。 と、夜久の刺すような視線を感じ、慌ててかぶりを振って、ごまかした。 「いじり甲斐があるだけだっつーの」 「次は東京体育館だな」 春高予選前、最後の東京遠征。すべての練習を終えて、いつものように、駐輪場手前の洗い場でボトルをすすぐ。雪絵は他の仕事があるからと先に帰った。 その直後に、これである。いい加減、謀られていたと気づくには充分な回数、たちは遠征を重ねていた。 「そうですね」 黒尾は何も言わずに、洗い物に加わる。こういうことが何度かあって、は彼の指が、思いのほか綺麗なことに気が付いた。部員たちの手は、多かれ少なかれ生傷が絶えない。 すべての作業を終え、かごを持とうと屈んだとき、目の前に小さな紙片が差し出された。 「これ」 「はい?」 意味が分からない。首をかしげるを見て、黒尾は珍しく、じれったそうに眉をひそめた。 「気が向いたら連絡して」 「え? 向かないですし」 「そんなの分かんねえだろっ!」 怒ったように声をあげて、自分の言動に驚いたらしい。咳払いをひとつはさんで、黒尾はいつもの余裕ぶった表情を必死につくろうとしていた。 「俺はおたくのミドルブロッカーより断然うまいですから」 「え、そんなの知ってます。てか日向より下手だったらやばいですよね」 「聞けよっ! だから、その、なんだ。聞きたいこととかあれば連絡しろっつーか」 「……だったら月島とか日向に直接渡してあげればいいんじゃないですか?」 「鈍感かよっ! つーかここまできたら嫌味だぞっ!」 「……黒尾さんに嫌味とか言われたくない」 「いーから受け取れ! 俺は他のやつにアドレス渡す気はない! 野郎なんか論外だ!」 半ば強引に紙切れを押しつけて、黒尾はかごを持って歩きだした。もう見慣れた背中。独特な髪形は、寝癖が大半だとリベロの夜久から聞いた。 派手な寝癖を放置できるほど、これまで格好にはまったく無頓着だったのだと。それが、最近では。 (烏野が来るときだけワックスつけるようになったとか) そんなこと、言われても。 (期待なんかしたくない) 彼を好きになったわけじゃない。ただ、中学の先輩を、思い出しただけ。 どうせ、宮城と東京。次に会えるとしても、春高。どちらかが、もしくはどちらも予選敗退したとしたら、たぶん二度と、会うこともない。 そんな人を好きになったって、どうせ、傷つくだけだから。 『烏野のです。 遠征中はお世話になりました。 日向はもとより、あの月島も、以前よりずいぶん前向きに練習に取り組むようになりました。 他のメンバーの仕上がりも上々です。 必ず、春高でお会いしましょう。』
(18.07.25)
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